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真珠色のタクシーの運転手〔もっちゃん〕が乗せたお客さんは…

もっちゃんのタクシー 6 大晦日の夜に

 

第6話  大晦日の夜に
 

岸道路をライトをつけたしんじゅ色のタクシーが走っていきます。今日は、大晦日。深夜から明け方にかけて初もうでのお客さんを乗せて走り回る忙しい日です。もっちゃんはさっきから、おおくす神社、やくも神社、ゆうき神社と続けてお客さんを乗せて走り回り、1段落して海辺野町へと向かうところです。
 

さすがに今日はハンドルをにぎりながらフンフンと鼻歌を歌うようなよゆうもなく、もっちゃんは一息大きなため息をつきました。
 

車が灯台公園の下にある小浜の近くにさしかかったところで、白い服を着たおじいさんが手をあげているのが見えました。もっちゃんは、スピードを落とし、おじいさんのそばにタクシーを付けました。

「どちらまでお送りしましょうか?」
 

もっちゃんがたずねると、おじいさんは驚いたようにギョロリとした大きな目をまんまるにして言いました。

「おいおい、おれはこれから一仕事とあるので手をのばして伸びをしただけだぜ。タクシーを拾ったつもりはなかったんだ。…でも、まあ人家も遠いことだし、乗ってくのも悪くはないな。ふーん」
 

もっちゃんは、すまなさそうに言いました。

「それは失礼しました。最近はタクシー代もそんなに安くはないことですし、無理にお乗りいただかなくても結構ですが…、まあ、せっかくとまったことですし、どうでしょう、海辺野町の辺りまでお乗せいたしましょうか? どうせ帰りですし、町外れのバス停までならお代はいりませんから…」
 

もっちゃんがそう言うと、おじいさんは深いしわをさらに深くして笑顔になりました。

「いや、お金などどうにでもなるんじゃが、おれを乗せると、今晩は大変だぞ。それこそあちこちを走り回らなければならなくなるからな。それでもいいのかい?」
 

その言葉に、もっちゃんは頭をかきながら応えました。

「まちがえたのはこちらですし、どうせ今晩から明日にかけては大忙しですから、1人の人を乗せようが何回も別の人を乗せようが同じです。よろしかったらお乗り下さい」
 

おじいさんは、感心したようにうなずきました。

「なるほど、お前さん、けっこういい運転手らしい。…おや、前のしめ縄の飾り、めずらしく『笑門』ではないな。こりゃ、どうしてだい?」
 

おじいさんの言葉に、もっちゃんは少し驚きました。確かに、英和タクシーの飾りには『笑門』ではなく『蘇民将来』の文字が書かれてあります。

「ああ、これはこの辺りの伝説で、『蘇民』の子孫を海の神様が守ってくれるってのがあって、うちの会社は、建物も車も『蘇民将来』をつけてるんですよ」
 

もっちゃんがそう応えると、おじいさんは何かはずかしそうにポリポリと首の後ろの方を書きました。

「そうかそうか。そこまでそろっちまっちゃしょうがない。どれ、乗せてもらうとしようか。けど、乗せてもらうからには一晩中走り回ってもらうから覚悟しとくれよ。そして、最後にやくも神社でおろしてもらえればいい。金はいくらになってもそこで払えるから。だが、本当に忙しくなるぞ」
 

おじいさんはそう言って、タクシーに乗りこみました。
 
   @
 
***14号、海岸道路、小浜のところでお客さんを拾いました。あちこち回るそうなので、駅へは行きません。長くかかりそうなので、お客さんの用が終わったら、また連絡を入れます***
 
もっちゃんが連絡を入れると、無線係の清水さんの元気な声が返ってきました。
 
***りょうかい。大木のやつがゆうき神社を出たところなので、駅へは大木の7号車を回しておくよ。連絡があるまでもっちゃんを除いて回すようにするから、しっかり、送ってあげなよ。今夜は忙しいけど、がんばろうな!***
 
もっちゃんが無線を切ると、おじいさんが話しかけてきました。

「なんと、お前さんが『もっちゃん』かい。こいつぁー驚いた。なるほど、なるほど。なら安心してコキ使うことができるわい。そう言えば、青おにの小槌やら座敷ボッコの人形やら、いろいろ置いてある。いい車に乗ったようだな」
 

それを聞いて、もっちゃんはギョッとしました。「コキ使う」なんて言葉以上に、青おにや座敷ボッコのことを知っているような口振りだったからです。

「えーと、あのですねぇ。お客さん、もしかして…」
 

おじいさんは、いたずらっぽい笑顔で続けました。

「まあ、青おにや座敷ボッコ、山わろといった連中とはちょっと違うがな。それに、娘も世話になっているしな」
 

どうやら、人間ではないというもっちゃんの考えは当たっているようです。でも「娘も世話になっている」とはどういうことでしょう。もっちゃんがそれをたずねると、おじいさんは、ワッハッハッと大声で笑って答えました。

「ほれ、秋分の日に乗せた2人を覚えとらんかい?。女の方がおれの娘だ。夏至の日にも世話になったやつがおるし、両方の話を聞いて、お前さんは最近の人間としてはなかなかの奴じゃと感心しておった。そこまで言えば分かるじゃろう?」
 

それを聞いて、もっちゃんは驚いてしまいました。秋分の日に乗せた女の人というのは乙姫さまでしたから、このおじいさんというのは海の神様ということになります。

「ひょっとして私は、とんでもないおそれ多い方にまちがえて声をかけてしまったってことですか? まいったなぁ。私なんかで、ご案内がつとまるのでしょうか?」
 

自信なさそうに首をすくめたもっちゃんに、おじいさんはおかしそうに応えました。

「そんなにちぢこまる必要はないぞ。なぁに、人間にできないような無理を言ったりはしないし、少しは様子がわかっているお前さんなら無理して人間のふりをする必要もない。こちらも気楽に仕事ができるってもんだ。時々消えたり、突然あらわれたりするが、気にせずにおれの声の通りに車を走らせてくれれば良い。ただ、おれの名前は口には出すなよ。不用意に口にされると力のコントロールが狂うことがある。幸せにするはずが不幸にしてしまったり、わざわいが変なところ、例えばお前さんなんかにふりかかったりしてはたいへんだからな。だが、ちゃんと一晩車を走らせておれに楽をさせてくれたら、それなりのことはしてあげよう。おれの『約束』だ。わかるな」
 

その言葉を聞いていて、もっちゃんは、「約束」ってけっこう怖いかも知れない、と思いました。しかし、言う通りにタクシーを走らせるなんてのは、もともともっちゃんの仕事ですから、無理をする必要はありません。

「ええ、何かドキドキしますけれど、当たり前のことを当たり前に誠意を持ってするだけですよね。その程度ののことなら私でもできると思います」
 

もっちゃんが、そう言うと、おじいさんは笑って応えました。

「それが、そうでもないんじゃぞ。お前さんはそう言うが、『当たり前のことを当たり前に誠意を持ってする』ことの出来る人間というのは、人間が考えているほど多くはないんじゃ。特に最近は、当たり前のことすらできなかったり、当たり前のことをするふりをして悪いことを自分や自分たちのためだけにするとんでもない人間どもが昔以上に増えてきている。返ってそういう奴らのために、まじめに当たり前のことをちゃんとしている人々が苦労している場合が多い。昔も、時代によってはそういうこともあったが、今、人間の世の中は、どうも悪い方向に行きかけているようじゃな」
 

そう言われてみれば、そんな感じかな…と、もっちゃんも思いました。

「わりと話好きだと聞いていたが、だまりこんでしまったところをみると、おれの言葉に思い当たることがあるんじゃろう?。なあに、昔もそんな時期があったが、普通の人々が悪い風潮に流されずにちゃんとやれば、やがて時代も変わる。今は、それが試されている時期なんじゃよ。だから、お前さんは、お前さんが良いと思うことを、よく考えてまじめにやっていけば良いわな。座敷ボッコや、ひねくれものの山わろがお前さんに心を開いているんじゃ。人間としてはなかなかのものじゃよ」
 

そんなものかな…と、もっちゃんは思いました。

「じゃあ、今の私で良いということですか?」
 

まだよく分からないので、もっちゃんは尋ねてみました。

「そこはまあ、そう単純ではないが…。と言うのは、時代も人間も社会も、みんな変わるものなんじゃ。だから、『今のまま』ということは絶対にない。が、お前さんの心の姿勢というのは基本的には良いものじゃよ。座敷ボッコや山わろがお前さんに心を開いたのはその心ねのたまものなんじゃ。お前さんを見てると、何となく蘇民という男のことを思い出すよ。タクシーには『蘇民将来』とついてるけど、その話は知ってるかい?」
 

おじいさんの言葉に、もっちゃんは首を振りました。

「いいえ。やくも神社の神主さんがそんな話は詳しいと聞いてますけど、なかなか…。子どもの頃から可愛がってもらってましたけど、小さい頃はいたずらして怒られてたくらいだし、近ごろは仕事のせいでゆっくりとそんな話を聞くこともありません。『蘇民将来』を付けているねぇ。これってのも、当たり前のことが出来てないってことかも知れませんね。なるほど、当たり前のことってけっこう難しいかも…」
 

バック・ミラーごしに、おじいさんが大きくうなずいたのが見えました。

「それ、それじゃよ。その心ねじゃ。ハッタリや嘘で自分を飾らずに、悪いこともふくめてありのままの自分を見つめられる心。そしてそれは、周りをありのままに受け入れようとする心にもつながってくる。蘇民という男もそんな奴じゃった。だから、約束をしてやったんじゃよ」
 

おじいさんはそう言って、蘇民のことを話し始めました。
 
   @
 
「…お前さんの祖父さんのそのまた祖父さんが子どもだったころよりも昔のことじゃが、この辺りに蘇民という男がおった。貧乏じゃったが、まっすぐな男じゃった。いや、まっすぐじゃから貧乏じゃったのかも知れん。ともかく、大晦日の夜の話じゃ。いつもの通り村を回っていたが、毎年毎年同じことをしているのも疲れるもので、その年は少しばかり休みたくなった。で、貧乏な家を訪ねても自分たちの食い物にも事欠くようなところでは何もできないと思い、長者の屋敷の戸をたたいたのじゃ。ところが、おれの姿を見て、ものもらいには用はないとばかりの扱いじゃ。もっとも、おれも少々意地が悪いから、わざとくたびれたかっこうをしてたんじゃがな。しかし、金を持ってるからとふんぞり返り、弱いものをいたぶるような人間は、けっきょくしっかりした心を持ってない弱いやつだということじゃ。その長者もそんなやつの1人だったんじゃろう。おれは、じゃけんに追い立てられて、塩までまかれてしもうた。外でなんぞの仕事をしていてそれを見ていた蘇民が、おれを助け起こして小さな自分の家に連れて行き、せいいっぱいのもてなしをしてくれた。おれは、その心ねに感動し、翌朝、しめ縄飾りに蘇民の名を書いておくように告げて帰った。その年に村でひどい病がはやり、長者の身内などはほとんど死んでしもうたが、蘇民の家族はみんな無事じゃった。『蘇民将来』というのは、その蘇民の子孫という意味があるのじゃ。何人がそこまで知っているかは知らんがのゥ」
 

おじいさんは静かに、語ってくれました。

「なるほど、そんなことがあったのですか」

「世界中のどこにでもあるような話じゃが、『笑う門には福きたる』なんぞよりよっぽど由緒正しい話じゃろうて」
 

おじいさんはそう言いながらハッハッハッと大きな声で笑いました。

「でもですね、そうすると、私の会社やこのタクシーを運転する私なども蘇民さんの子孫ってことになるわけですが、正直な話、私はそうじゃないような気がするんですが…。何しろ曾祖父が子どもの頃、山の方の村からこの辺りに越してきたと聞いていますから」
 

それを聞いて、おじいさんはもっと大きな声で笑いました。

「お前さんは、本当におもしろい男じゃの。『蘇民将来』と書いてある家がすべて、本当に蘇民の子孫だなどとはおれも思っておらんよ。じゃが、1つだけはっきりしていることがある。『蘇民将来』と書いてある家は、少なくともおれの力を信じて、その力で守って欲しいという意思表示をしているということじゃ。鬼や座敷ぼっこなども含め、異界の住人たちは、信じられることによってこの世に強い力を及ぼすことができるのじゃ。信じられなければ、この世と異界のつながりは途絶え、力をコントロールしにくくなってしまう。だから、信じられている間は、おれもこの世に対して安定した良き力を及ぼすことができるのじゃ。そう考えれば、本当に蘇民の子孫かどうかはあまり大切なことではない。大切なのは、おれを信じるかどうかなのじゃよ。そして、信じる人間たちに対しては、おれもそれなりの力は発揮できるから、できるだけのことをしてやりたいと思っている。それで、今年もこうしてやってきたという訳じゃよ」
 
   @
 
そんな話をしている間に、しんじゅ色のタクシーは海辺野町にさしかかりました。

「おっと、そろそろしっかり頼むぞ。時々姿を消したり、声だけで方向を指示したりすることもあるが、気にせずに指示通りに車を走らせてくれよ。特に指示を出す時以外は止まらなくても良いからな。では行くぞ。まず右、そして次の角を左、T字路を左、三叉路は右、それからしばらくまっすぐだ…」
 

おじいさんの声は、右に左にと指示を出しました。良く走っている道ですが、こんなに細かくあちこちを走ることはありません。もっちゃんは、指示を聞き逃さないように、また間違えないように気をつけながら、右に左にとハンドルを回しました。
 

おじいさんはというと、先程の言葉通りに、不意に現れたり消えたりを繰り返しながら指示を出し続けました。おじいさんの言った通り、それは、普通の大晦日の忙しいタクシーの仕事と比べてみても、けっこう大変でした。でも、これが多くの家族に新しい年の幸せを運んでいくのを手伝っているのだと思うと、大変だ、とか、疲れる、といったような気持ちはどこかに行ってしまい、何かしら充実感のようなものまで感じるのでした。
 

それから、もっちゃんの運転するしんじゅ色のタクシーは海辺野町を何回も走り回り、さらには岬市やおおくす町にも足を延ばしました。そして、東の空が明るくなりはじめた頃、ようやくおじいさんは消えたり現れたりするのをやめて、どっかりと後ろのシートに座り込みました。

「世話をかけたな。ようやく1通り回り終えたから、やくも神社までやってくれ」

「はい、本当にお疲れ様でした」
 

もっちゃんは、おじいさんの言葉に、元気良く、そして心をこめて返事をしました。

「いや、今年は思いがけず楽しかったよ。やっぱりなぁ、年によっては1人で回るのがおっくうな時もあるんだよ。そうかと言って、下手に他のやつらを巻き込むこともできない。お前さんのように分かった運転手でなかったら、とてもこんなことはできないよ。うっかり姿を消したりしたら大騒ぎになるからな」
 

おじいさんはそう言って、本当に楽しそうに笑いました。
 

もっちゃんはそれを聞いて、忙しかったけれど、こうして一緒に回ることができて良かったと心から思ったのでした。
 
   @
 
やがて、しんじゅ色のタクシーは、海辺野町に戻り、いくつかの角を曲がると、やくも神社の前に出ました。もっちゃんは、人込みを避けて、車を横の駐車場に進めて、タクシーを停車させました。

「ありがとうよ。人前で安心して姿を消したりしたのは本当に久し振りだった。おかげで気持ち良く仕事ができたよ。毎年というと、そっちも大変だからやめとくが、たまには、また乗せてくれよ」
 

おじいさんの言葉に、もっちゃんは気持ち良くうなずきました。

「ええ、けっこう大変でしたけど、私も楽しかったです。また、いつでもお呼び下さい。喜んでお手伝いいたしますので」
 

おじいさんは、ウンと大きくうなずくと、懐に手を入れました。

「タクシー代も払わないとな。少しばかり景気が悪いと見えて、賽銭に高いお札は少なめだが、ほらよ、47,300円。長い時間走り回らせた割には意外と安かったかな? 運転はあせらずに、気をつけてな。無茶をしなければ、事故に合わないように守ってやるから。それは、おれからの心ばかりのお礼だよ」
 

おじいさんはそう言いながら、2,000円札や5,000円札を何枚か混ぜて、ピッタリの金額をもっちゃんに手渡しました。

「どうもありがとうございました。もちろん、無茶な運転はしないように気をつけますのでよろしくお願いします。本当に、またお乗り下さいね」
 

もっちゃんがそう応えると、おじいさんは大きくうなずきました。

「ああ、また連絡を入れた時には頼むぜ。良い1年を過ごしなよ」
 

おじいさんはそう言うと、ワッハッハッという大きな笑い声を残して霞のように消えていきました。
 
   @
 
***14号、ようやくお客さんの用が終わりました。いま、やくも神社です。これから回るところはありませんか?***
 
もっちゃんが連絡を入れると、無線係の清水さんの少しかすれたな声が返ってきました。さすがの元気な清水さんも、少し疲れているようです。
 
***りょうかい。本当に長くかかったね。ごくろうさん。もうすぐ日の出の時間で、今のところ、急ぎのお客さんはいないようだから、そのまま神社のタクシー乗り場に回ってもらったら、どうかな? 取りあえず、10時まで、よろしく頼むよ!***
 
***14号、りょうかい。そうするよ。いつも元気な清水さんも、さすがに疲れてるようだけど、大丈夫かい?***
 
***なあに、おれも10時で交替してもらう予定さ。お互い、もうちょっとだ。がんばろうな!***
 
もっちゃんは「りょうかい」と応えて無線を切りました。
 

鳥の声が聞こえ、東の空が明るくなってきました。空は雲1つなく晴れ渡っていて、風もそんなに吹いていません。どうやら、暖かでおだやかな元旦になりそうです。

「さあ、もうひとがんばりだ、やるぞ!」
 

もっちゃんは、そう言って大きく伸びをしました。そして、フンフンと鼻歌を歌いながら静かにタクシーを発進させるのでした。
 
                                 〔おしまい〕

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もっちゃんのタクシー 5 こまったおじいさん

 

第5話  こまったおじいさん

  
「おーい、もっちゃん。ご指名だ。おおくす神社のうらまでたのむよ。青木さんという、前に乗せてもらったことのある人だそうだ」
 

2階の窓から、清水さんが大声で叫びました。
 

車を洗い終えたばかりのもっちゃんは、その言葉に首をかしげました。名前を覚えてもらっているのはうれしいのですが、おおくす神社の近くの青木さんという人に心当たりがないのです。

「わかったけど、青木さんという人に覚えはないんだ。確かに『おおくす神社のうら』って言ったのかい?」
 

もっちゃんが清水さんにそう尋ねると、清水さんも不思議そうに首をかしげました。

「そいつは変な話だなあ。だけど、あの大きなはっきりした声で聞きまちがえるはずはない。『節分に、もっちゃんという運転手さんに乗せてもらった青木です。その運転手さんに、おおくす神社のうらまで迎えに来てほしいのですが』と言ったんだ」
 

もっちゃんは、それを聞いて、ポンと手をたたきました。

「わかった! 心当たりがある。すぐ行ってくるよ」
 

もっちゃんは、うれしそうに打ちでの小槌の飾りのついたキーを差し込むと、車を発車させました。
 
   *
 
しんじゅ色のタクシーがおおくす神社のうら門に着くと、門のかげから青白い顔をした大きな男の人が顔を出しました。そして、もっちゃんの顔を見ると、すこししゃがれた大きな声で話しかけてきました。

「昼間っから出てきたので、こんな姿をしてきたけれど、覚えていてくれてるかな?」
 

「青木さん」は、すこし心配そうな顔でもっちゃんを見つめています。もっちゃんは、まんまるの目を細くして、ニコッと笑いました。

「もちろんですよ。青お…」
 

そう言いかけて、もっちゃんはあわてて手で口をふたし、辺りを見回しました。幸いなことに、もっちゃんと「青木さん」の他には、人の姿は見当たりません。もっちゃんは、それを確かめてから、小さな声で続けました。

「…青おにさんですよね、キー・ホルダーをくれた。今でも、大切に使わせてもらっていますよ。おかげさまで運の悪い日もたくさんありますが、大したこともなく助かっています。ところで、今日は何か特別な用でもあるのですか?」
 

もっちゃんの言葉に、人間に化けた青おには、「ああ」と言ってうなずき、ポリポリと頭をかきながら話しはじめました。

「実は、遠野の方から、知り合いがやってくるんだ。とは言っても、『ざしきボッコ』なんかとはちがってかなりクセのあるヤツなんでね、下手な人間を巻き込むと大騒ぎになりかねない。だから、ある程度こちらの事情がわかっているアンタに頼みたいんだよ」
 

もっちゃんは、ゴクリとつばをのみこみました。たしかにもっちゃんは人間とはちがうお客さんもいろいろ乗せたことはありますが、最初からこんなふうに言われたのは初めてです。でも、こうやって頼りにされているのですから、断るのも気が引けます。

「ちょっとばかり変わった人なんですね、その人は。でも、タクシーを利用する人間だって、変なのや困った人がけっこういます。話を聞いておけば、困ったりとまどったりすることは少ないでしょう。タクシーの仕事は引き受けますから、もう少しくわしく聞かせてもらえませんか?」
 

青おにはうなずいてポツリポツリと話しはじめました。

「今日、遠野から『山父』ってヤツが遊びにくるんだが、魔物なかまでもとびっきり変わってんだ。ヒネくれてるって言うか、何と言うか、とにかく人をからかうのが得意で、7~800年ほど昔、オレが遠野で悪さしていたころも、ヤツにだけは勝てなかった。何せ、心の中を読みとる力があるので、だまそうとしてもすぐバレる。チョッカイを出すと、倍にして返してよこすから、もう、すぐ白旗だ。ただ、本当に困った時だけは、逆に誰よりも親身になって世話をしてくれる。だから、今だに頭が上がらねえんだ」
 

青おには、そこまで言って、大きく一息つきました。

「今日の事もそうだ。冬至だってんで、オレにひと仕事回って来た年を選んで『遊びに行くぞ』なんて言ってくる。困ったジイサンだ。だから、オレが神社をはなれられないので最初は断ろうと思ったんだ。けど、話によるとアンタは『ざしきボッコ』のお守りも持ってるんだってな。オレの打ちでの小槌と『ざしきボッコ』のお守りを前にしたらジイサン、そう無茶はできないだろうから、何とかたのまれてくれないだろうか。オレの仕事は、日が暮れれば終わる。それまで山父のジイサマを乗せてこの辺りを回ってやってほしいんだ。山奥から出てくるジイサマだから、海の方へ連れていってくれたら、口ではどう言おうと喜ぶからよ。たのむ、この通りだ!」
 

青おにはそう言って、大きな体をちぢこまらせて、もっちゃんに手を合わせました。

「分かりました。引き受けましょう。海の方を回って、日がしずんでからこのおおくす神社まで乗せてくればいいのですね。何とかやってみましょう」
 

こうしてもっちゃんは、青おにの頼みを引き受けることになりました。
 
   *
 
「そろそろ、着いてもいいはずなんだがなあ」
 

もっちゃんは、そうつぶやきながら駅の出口と時計を交互に見くらべました。そこへ、ボサボサの白い頭に、眼帯をして松葉杖をついたおじいさんが階段を降りてきました。

「ホウ、おまえさんが『もっちゃん』て呼ばれている運転手だな。なるほど、ボッコのやろうが言った通りだ。まんまるのノホホンとした目をしてやがる。青のやろうが仕事を口実にして逃げやがったもんで、おまえさんがビンボウクジを引いたってわけか。まあ良い。せいぜい楽しませてもらうからヨゥ」
 

おじいさんは、眼帯をしたままニヤリと笑いました。その顔があまりにも不気味だったので、もっちゃんは心配になってきました。おじいさんは、そんなもっちゃんを横目で見ながら、ゆっくりとしんじゅ色のタクシーに乗り込みました。
 
   *
 
「こまったことになったと思ってるだろう。じゃが、それはちょっと早いぜ。もっともっとこまったことになったんだと気づくからなあ」
 

おじいさんは、いじわるそうな顔でニタリと笑いました。

もっちゃんは、すっかりかたくなってしまいました。いったい、何と言って応えたらいいのでしょうか。すぐには、どうしていいかわかりません。青おにの言った通り、大変な相手のようです。それでも、だまっているわけにはいきませんので、もっちゃんは、おそるおそる口を開きました。

「あの…えっと……青おにさんの話によりますと、日が沈むころまでは忙しいそうですので、あちこち連れて回ってやってくれとのことですが……それでよろしかったでしょうか?」
 

もっちゃんのことばに、おじいさんは、フンと鼻をならしました。

「おまえさん、それはちがうだろう。青おにのヤツは、『海の方を回ってやってくれ』って言ったし、おまえさんはその話を聞いて、海岸道路から灯台公園の方を回ろうと考えてたじゃないか。いいかげんな事を言っちゃいけないぜ」
 

そのことばを聞いて、もっちゃんは、青おにの言った事を実感しました。
 

たしかに、もっちゃんはそう考えていたのですが、かたくなって舌が思うように動かなくなり、変な事を言ってしまったのです。けれども、このおじいさんは、もっちゃんが口に出した言葉など関係なく、こちらの考えている事がわかってしまうようなのです。

「あの…えっと……」
 

もっちゃんは、本気でこまってしまいました。
 

このおじいさんは、ほんのわずかな時間で、もっちゃんの心の中にあったことを読み取ってしまいました。それはつまり、このおじいさんは、もっちゃんの都合に関係なく、もっちゃんのこころが【わかる】ということなのです。
 

ときどき、自分の事をわかってくれる人が身近にいて欲しいと思う事があります。けれども、もし、それが本当に実現したとしたら、いったいどうなるでしょうか。

ちょっとしたことなら、たしかに便利かもしれません。しかし、人間は誰でも、良いところと悪いところがあるものです。もっちゃんだって人間ですから、人に知られたくない事や、隠しておきたい事はたくさんあります。それをすべて知られてしまうとしたら、大変なことになるだろうし、おたがいにイヤな思いをすることだってあるでしょう。

そのように考えると、【わかる】という事、心の中のすべてを知られてしまうという事は、必ずしもステキなことではないのかもしれません。もっちゃんは、かなり心配になってきました。

そんな事を考えてもっちゃんがだまりこんでしまうと、おじいさんは、ちょっとイタズラをし過ぎた子どものような目になって、頭をかきながらこう言いました。

「おっと、ちょいとからかい過ぎたかな。そんなに心配しなくていいぜ。おまえさんは、青おにのヤツとざしきボッコのチビに守られてるんだ。だから、ワシがどんなに力を使っても、おまえさんの心の深いところまでは読めないぜ。だが、気をつけな。おまえさんが少しでも青おにのヤツとざしきボッコのチビを信じられなくなったら、キーホルダーも人形のマスコットも、その力を失うんだ。そうしたらワシは、おまえさんの心の奥の奥まで読めるようになるんだからな。青おにのヤツがおまえさんに頼んだのは、その2つをおまえさんが持っているからなんだぜ」
 

その言葉を聞いて、もっちゃんは、あることに気がつきました。なるほど、このおじいさんは口は悪いけど、1つ大事な事を教えてくれています。それは、人を信じられるか…という事です。
 

青おにのくれたキーホルダーも、ざしきボッコのくれたマスコットも、もっちゃんが2人を信じるからこそもっちゃんを守ってくれるのです。このおじいさんか信じられるかどうかはわかりませんが、青おにとざしきボッコなら……。もっちゃんは、ようやく少し落ち着きをとりもどしました。

「わかりました。どうもあわててしまって失礼しました。なるほど、お客さんの言う通りです。お客さんがどんな方かは私にはわかりませんが、青おにさんやざしきボッコくんなら私も信じられます。そう言えば、青おにさんも、そんな事を言ってたように思います。それを信じて、これからご案内いたします。で、行き先は私の考えていた通り、海岸道路から灯台公園でよかったでしょうか?」
 

もっちゃんがそうたずねると、おじいさんは少し驚いたような顔になりました。

「ほっ、こいつはびっくりだ。なるほど、ざしきボッコのチビが気に入るはずだ。おい、1ついい事を教えてやるぜ。あいつはな、子どもとはすぐ仲良くなるが、大人にはめったに気を許さないんだ。そんなチビすけが、おまえさんにマスコットを置いてきたって聞いた時はワシも心底ビックリしたが…。なるほど、おまえさんならよくわかる。…で、行き先の話は、おまえさんの言った通りでいいぜ。この寒さなら海ぞいも人は少ないだろうしな」
 

おじいさんはそう言って、満足そうにうで組みをしました。
 

ざしきボッコの話は、もっちゃんにとってもうれしい事でした。それに、おじいさんの方も、少しうちとけてきたような雰囲気です。そのことも、もっちゃんを安心させました。これなら大丈夫。何とかやれそうです。

「それでは、海岸道路を通って、灯台公園に向かいます」
 

もっちゃんはそう言って、静かにタクシーを発進させました。
 
    *
 
「やはり、人が多いところは好きではありませんか?」
 

海岸道路につながる海ぞいの道を走りながら、もっちゃんはたずねました。駅を出るときにおじいさんが言ったことばが耳に残っていたからです。タクシーの運転手も1人でやる仕事になりますから、もっちゃんも、どちらかと言えば人ごみは苦手なのです。

「ああ、人の多いところはきらいだな。と言っても、ふだん人がほとんどいない山奥でくらしているからじゃないぜ。このごろのヤツらがきらいなんだ。おまえさんももしかしたら気づいているかも知れねえが、ワシは山わろだ。人の心の中がわかる力を持っている。けれどそれは、のぞこうと思って人の心の中を読むわけではない。自然に、ワシの心の中に周りのヤツらの心が流れこんでくるんだ。それはそれ、何百年も昔から変わらねぇがヨ、人間の心の方が大きく変わっちまったんだ、これがヨウ」
 

もっちゃんは、不思議に思いました。おじいさんの言いたい事が、もう1つピンとこないのです。それで思わずたずねてしまいました。

「それって、どういう事ですか?」

「まあ、人間にもいろいろなヤツがいるわな。おまえさんのようにまんまるのおもしろい顔でも心ねはいいヤツもいれば、姿や見た目はきれいでも心の中はくさりきってるヤツもいる。で、周りのヤツらの心が流れこんできた時にだな、その心が夢や優しさでいっぱいだったり、広かったり、大きかったり、強かったりすると、こっちとしてもうれしくなって気持ちがいいわけよ。けど反対に、心が弱かったり、せまかったり、冷たかったり、ねたみや不平不満でいっぱいだったりすると、こっちだっておもしろくない。イヤな気分になってしまうわけよ。それにだな、少しは加減できても、イヤなヤツらの心が流れこんでくるのをワシの意思で完全に止めることはできない。となると、セコくってイヤなヤツらばかりの人ごみなんぞは、ワシにとっては《修行の場》なんて生やさしいものを通りこえて《地獄》になってしまうわけだ。だからよ、心が小さくて甘ったれの人間どもがいやに増えてきたここ2~30年ほどは、人ごみに出てくるのがおっくうを通りこして大きらいになってしまったってことさ」
 

なるほどなあ…と、もっちゃんは思いました。
 

もちろん、もっちゃんに人の心を読む力はありません。でも、何となくおじいさんの言っていることがわかるような気がするのです。

例えば、もっちゃんがタクシーの運転手になったばかりのころのお客さんたちと最近のお客さんたちをくらべてみると、いい年をしてりっぱな服も着ているくせに、わがままで品がなく、無理なことを言うような人の数が前よりも増えてきているように思われるのです。

「何か『昔はよかった』ということばを続けてしまいそうになりますが、それを言ってはおしまいですかね。でも、おっしゃる事は何となくわかるような気がします。なるほど、人の心がわかるってのも、けっこう大変なんですね」
 

もっちゃんがそう言うと、おじいさんは1つだけの目を丸くして応えました。

「ほう、おまえさん、けっこうマシな人間だったんだな。青おにのヤロウ、シャレた事をしやがって。けっ、今夜はタップリといじめてやらねばなんねえな」
 

それだけを聞けばすぐにケンカになりそうなひどい言い方でしたが、もっちゃんには、この片目のおじいさんがとても喜んでいるらしいことがわかりました。それは、もっちゃんにとってもうれしいことでした。
 

やがて、もっちゃんのタクシーは海岸道路にでました。そのまましばらく走り続けていくと、前の方に白い灯台が見えてきました。

「もうすぐ、灯台公園に着きます。人は少ないでしょうが、とりあえず駐車場にタクシーをとめます。よろしかったですよね」
 

もっちゃんはそう言いながら、タクシーを右折させました。駐車場の向こうには白い灯台が見えていました。
 
    *
 
「とりあえず、展望台へ上がりますか?」
 

もっちゃんは、エンジンを止めてからたずねました。

「ああ、それでいいんだが……。おまえさん、いっしょについてくる気だろ。いいのかい? 車をはなれれば、ざしきボッコのチビの人形の力はとどかなくなる。もしかしたら、心を読まれてしまうかも知れないんだぜ?」
 

おじいさんの言葉に、もっちゃんは、ぎょっとしました。しばらく考えましたが、やがて心を決めてこう答えました。

「いいです。青おにさんのキーホルダーは持っていかなければなりませんから、そっちに守ってもらいます。それにお客さんは、私の心を読んでも、本当に私は苦しむようなことはぜったいにしない方だと思いますので」
 

もっちゃんの言葉を聞いて、おじいさんは大声で笑いました。

「イヤァまいったぜ。ワシの負けだ。人間を相手に、こんなにゆかいな思いをしたのは本当に久しぶりだ。それなら、よろしく頼むよ」
 

もっちゃんはドアを開け、おじいさんが降りるのを手伝うと、タクシーにかぎをかけ、いっしょに灯台の上にある展望室へと向かいました。とちゅうのせまい階段は、松葉杖を持ったおじいさんには上りにくいようでした。もっちゃんは、おじいさんの手助けをしながら、時間をかけてゆっくりと階段を上っていきました。
 

展望室につくと、おじいさんは、海をながめて、何度も満足そうにうなずきました。

「うんうん、こんなに見晴らしのいいところから海を見たのは生まれて初めてだ。おまえさん、人間にしておくのがもったいないくらい好いヤツだよ。人間にあきたら、遠野の山奥までやってくるといいぜ。ワシが責任をもって、りっぱな妖怪か魔物にしてやるから」
 

おじいさんの言葉は、何とも答えに困るものでした。
 

確かに、毎日の生活は、それなりにつらいことや苦しいこともあります。しかし、だからと言って、人間をやめるというのは、何かおかしいようにも思えます。けれども、おじいさんは「良かれ」と思って言ってくれてますから、ことわるのも悪いような気もします。
 

もっちゃんは、そんなことを考えながら「イヤァ、そんなテレてしまいますよ」などと言って頭をかき、はっきりと答えるのをごまかしました。
 

すると、おじいさんも、そんなもっちゃんの気持ちを察して大声で笑い、背中をポンとたたきました。

「おまえさん、とびっきりのいいヤツだなあ。おい、ひまになったら、1度、遠野の山奥まで遊びにくるがいい。ざしきボッコやかまいたち、そのほか遠野中の妖怪や魔物をぜんぶ集めてむかえてやるからヨ」
 

それは、実現したらちょっと怖いような内容で、とんでもない言い方でしたガ、それでも、おじいさんのあたたかな気持ちがじんわりともっちゃんの心にしみてくる言葉でした。もっちゃんは「その時はぜひ」と言って、とびっきりの笑顔でおじいさんの気持ちに答えました。もっちゃんは、このおじいさんを案内して本当に良かったと、心の底から思ったのでした。
 
    *
 
灯台公園から防砂林、そして砂浜海岸と、ひととおり海の周りを回ったところで日が西にかたむき始めました。

「青おにさんも待っているころだと思います。そろそろ、おおくす神社に向かいませんか」
 

もっちゃんがそうたずねると、おじいさんは上きげんでうなずきました。

「そうだな。もう日もくれる。ワシもこんなに楽しかったのは久しぶりだ。いやぁ、本当にいい1日だったヨ。おまえさんに会えただけで、わざわざ電車に乗ってやってきたかいがあったと言うもんだぜ。けど、もう電車はこりごりだ。どうだい、帰りはこのタクシーで遠野の山奥まで送ってくれないかい?」
 

おじいさんの言葉を聞いたもっちゃんは驚き、まん丸の目を、もっともっと丸くしました。ここから遠野までタクシーで走るとすると、5時間や6時間ではすみません。かえりも考えれば大仕事です。それに、何よりも、このおじいさんがそんなに長い時間タクシーに乗り続けても大丈夫なのかも心配です。

「そりゃ、私も仕事ですし、送ってくれと言われれば、道がつづいているかぎり乗せていきますが……。でも、乗っている時間も長くなって大変ですよ」
 

もっちゃんがそう言うと、おじいさんはまた大声で笑いました。

「もちろん知ってるさ。冗談だよ、冗談。おまえさんとなら何時間かかっても楽しいだろうが、さすがにこの小さなタクシーの中で人間のふりをしてずっとシートに座っているとなると、ワシの方がつかれてしまう。遠野には、青おにのヤツに頼んで、雨雲に乗せてもらって帰るさ。そうすれば、人間に化けている必要もないしな。それでは、おおくす神社へ帰るとするか」
 

もっちゃんは、「ええ」と答えてタクシーを発進させました。真珠色のタクシーは夕暮れの海岸道路をすべるように走っていくのでした。
                                        〔おしまい〕

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もっちゃんのタクシー 4 おじいさんをさがして

 

第4話  おじいさんをさがして
 

 
「おーい、もっちゃん。海岸道路の灯台のところまでいってくれないかい。」
 

しんじゅ色のタクシーをあらいおえたとき、事務所から、元気のいい声が聞こえてきました。むせん係の清水さんが、まどから、もっちゃんをよんでいます。

「いいけど、どうしてだい?。」
 

もっちゃんは、そう清水さんにたずねました。もっちゃんより先に、大木さんや山本くんがタクシーをあらいおえ、しごとに向かう準備をととのえていたからです。
 

清水さんは、それにこたえてこう言いました。

「いやね、電話のお客さんが、どうしても、もっちゃんにって言うんだ。声は、若い女の人だったぞ。ヨッ、すみにおけないね。」
 

清水さんのからかいに、大木さんや山本くんもニヤニヤわらって「オイ、もてるじゃないか」とはやしたてます。もっちゃんは、「そんなことないさ」とこたえて、タクシーに乗りこみました。
 

もっちゃんは、海辺野町にある英和タクシーの運転手。まんまるの顔とまんまるの目が、もっちゃんのトレード・マークです。もっちゃんは、手袋をつけ、エンジンをかけると、しんじゅ色のボディーにエンジのラインのはいったタクシーを発車させました。
 

今日は、秋分の日。日中の日ざしはまだまだつよく感じられますが、空の青さや風の気配は、もう、すっかり秋です。
 

海辺野町と、となりにある岬市をむすぶ海岸道路のまんなかころに、小さなこうえんをもつ白い灯台があります。清水さんの話では、お客さんは、そこでタクシーを待っているというのです。
 

かわったお客さんだなあ…と、もっちゃんは思いました。
 

こんな朝はやい時間から、灯台からタクシーに乗るなんて人は、あまりいません。また、そのお客さんが、若い女の人だというのも気になります。
 

なぜかというと、お客さんは、「もっちゃんに来てほしい」と言ったわけですから、もっちゃんのことを知っているのです。しかし、もっちゃんには、どうしても、そんな女の人に、心当たりがないのです。

「まあ、行ってみればわかるだろう。」
 

もっちゃんは、朝の光の中を、灯台公園へと向かいました。
 
   @
 
やがてタクシーは、灯台公園につきました。すると、1人でベンチにすわっていた女の人が立ち上がり、ゆっくりとタクシーの方へ歩いて来ました。大きな白いぼうしに、しんじゅ色のワンピース。顔はぼうしにかくれていてよく見えませんが、風にゆれる長い髪も、なにげない歩きかたも、かがやくばかりにきれいな人です。

「あなたが、もっちゃんという運転手さんですね。」
 

タクシーのそばまで来ると、女の人はたずねました。

「はい、みんなはそうよんでくれますが…。」
 

もっちゃんは、タクシーのドアをあけながら、そうこたえました。
 

女の人は、ほほえみながらうなずくと、ぼうしをとってタクシーに乗りこみました。
 
   @
 
とおくから見てもきれいな人だと思っていましたが、バックミラーにうつる姿はそれ以上でした。テレビに出てくる歌手やモデルも、この女の人とくらべたら、ふつうの人に見えてしまいそうなほどきれいなのです。
 

こんなすてきな人なら、1度でも会ったことがあれば、忘れたりするはずありません。でも、どうしても、もっちゃんには覚えがありません。それなのに、なぜ、この人は、もっちゃんのことを、知っているのでしょうか。もっちゃんは、それが、不思議でたまりませんでした。
 

そのことが、ちょっと気になりましたが、まだ、行き先も聞いていません。もっちゃんは、さっそく、行き先をたずねました。

「ところで、市内をあちこちまわるということは聞いていますが、まず、どこから行けばよろしいでしょうか。」
 

すると、女の人は、ちょっとこまった顔をして、こう言いました。

「行き先と言いましても、実は、私も、はっきりとは分からないのです。ですから、私のつかっている者が親切にしていただいたというあなたに来てもらったのです。」
 

そのことばに、もっちゃんの目は、いっそうまるくなりました。

「ええ! それって、どういうことですか?。」
 

もっちゃんがたずねると、女の人は静かに話しはじめました。

「じつは、人をさがしています。なまえは太郎。見た目は、たぶん、70をこすおじいさんでしょう。遠い昔にわかれたきり、会っていないのです。」
 

とんでもない話に、もっちゃんは、思わずふりかえりました。

「おどろかれてもあたりまえですよね。でも、あなたならきっと分かってくれる。あの子は、そう言いました。覚えていらっしゃいますか。1年で1番ひるの長い日に、この近くのがけのところで乗せた、1人の人魚の客のことを。私は、あの子と同じ海の都から来たのです。」
 

そう言われて、もっちゃんも、6月に乗せた、不思議なお客さんのことを思い出しました。夏至の日に乗せた若いきれいな女の人。その人はなんと人魚だったのです。

「それじゃあ、おきゃくさんも…」

「私は、海の都をおさめる神の1番下のむすめ。とおいとおい昔、カメに乗って、海の都にやってきた男の人を、さがしに来たのです。」
 

もっちゃんは、いっそう、びっくりしてしまいました。だって、それは、小さいころ聞いた『うらしまたろう』の話だったからです。

「ええ! それって、ほんとうにあった話なんですか。」

「私と結婚したあの人は、しばらくして、『1度、村にかえりたい』と言いました。それで私は、あの人の年をとじこめてある箱を渡しました。その箱をあけずにもっていれば、海の都をはなれても、年をとらず、死ぬこともなくいられるからでした。けれどあの人は、私とのやくそくをやぶって、箱をあけてしまい、おじいさんになってしまいました。あの人はそれをくやんで、おじいさんの姿のまま、あちこちをさまよいつづけたのです。」
 

もっちゃんは、だまってそれを聞いていました。
 

ただのおとぎ話だと思っていた『うらしまたろう』の話がほんとうだったというのですから、このことはたいへんな驚きでした。そして、それ以上に驚いたのは、いま、タクシーに乗っているお客さんは、その乙姫さまなのだということでした。
 

乙姫さまは、そのあと、さらにくわしい話をしてくれました。海の都の不思議な食べ物を食べた『うらしまたろう』は、いまも生きているというのです。そして、おじいさんの姿で、あちこちの海辺の町や村でくらしていたということでした。
 

それが、最近、このあたりの町でくらしているらしいことが分かったというのです。それを知った乙姫さまは、どうしても『うらしまたろう』に会いたくなって、1人で、この町に上がって来たのでした。

「あの人をむかえに来たのです。あの人は、私とのやくそくをやぶって、箱をあけてしまったことをくやみ、苦しみつづけました。けれどもあの人は、もう十分にその罰をうけたのです。これ以上、苦しむことはありません。だから、私はむかえに来たのです。おねがいします。あの人をさがすのを手伝ってください。」

「わかりました。わたしができるだけのお手伝いをさせていただきますよ。」
 

もっちゃんは、そう言って、しっかり、乙姫さまの手をにぎったのでした。
 
   @
 
それから、もっちゃんは、乙姫さまといっしょに、『うらしまたろう』をさがして、あちこちを走りまわりました。太郎というなまえ。70をこすおじいさん。たまて箱をもっているということ。手がかりは、それくらいしかありません。
 

それでも、もっちゃんのタクシーは、走りつづけました。交番、市役所、老人ホーム。ひとりぐらしのおじいさんの住んでいるアパートも、いくつもたずねました。けれども、『うらしまたろう』はみつかりませんでした。ひとりのおじいさんをさがすには、海辺野町も、岬市も、あまりにも広すぎるのです。
 

しかし、もっちゃんは、あきらめませんでした。連絡所のおじさんや、漁協の事務所、老人クラブのボランティアなど、もっちゃんが知っているかぎりの人をたずね、太郎という70をこすおじいさんのことを聞きました。
 

いつしか、東にあったお日さまは、ま上に来て、やがて、西の方にかたむきはじめる時間になりました。けれども、どうしても、『うらしまたろう』はみつかりません。

「何か、ほかに手がかりになるようなものはありませんか。」
 

4時半を少しまわったころ、もっちゃんは、乙姫さまにたずねました。

「いいえ、思いつきません。」
 

乙姫さまは、かなしそうにこたえました。が、しばらく考えてから、乙姫さまは、こんなことを言いました。

「あの…手がかりになるかどうかはわかりませんが、このごろ、あの人は、詩をつくっているんです。私のことやそこで見える海のけしきのことを詩にしては、びんにつめ、海にながすのです。その詩と、びんをはこんできた海のながれから、私は、あの人がこのあたりにすんでいることを知ったのです。」
 

その話を聞いて、もっちゃんは、前の休みの日に会った1人のおじいさんのことを思い出しました。もっちゃんが、海辺野町のはしにある明けの浜のていぼうでつりをしていたとき、その近くに住んでいるという1人のおじいさんと話をしたのです。

「そのおじいさんは、二月に、浜の近くにひっこしてきたと言いました。若いころは漁師をしていて、いろいろなめずらしいところへも行ったそうで、自分のせいで、大好きだった女の人とわかれてから、ずっと1人でくらしていると言ってました。」
 

乙姫さまは、何度もうなずきながら、もっちゃんの話を聞いていました。

「その人かも知れません。ほかに何か、言っていませんでしたでしょうか。」

「いいえ、ほかには何も。…あ、ちょっとまってください。そういえば、帰っていく前に、何か紙がはいった小さなびんを海に流していたように思いました。ほんとうに、そうかも知れませんね。」
 

もっちゃんも、うなずくと、タクシーを明けの浜へと走らせるのでした。
 
   @
 
やがて、もっちゃんのタクシーは、明けの浜のていぼうのところにつきました。そこを歩いていたおばあさんに、太郎という名のおじいさんのことを聞きますと、そのおじいさんは、おくのていぼうのすぐ下にある小さな家にすんでいるということでした。もっちゃんと乙姫さまは、おばあさんにお礼を言うと、すぐにその家に向かいました。
 

タクシーが家の前についたちょうどその時、うら口から、竹ざおをもったおじいさんが出てきました。

「太郎さま!」
 

おじいさんの姿をひと目見た乙姫さまは、そうさけぶと、すぐにタクシーを飛びだし、おじいさんにかけよりました。

「おお、姫…。」
 

おじいさんの手から、竹ざおが落ちました。そして2人は、その場でしっかりとお互いを抱きしめあったのでした。
 
   @
 
「かるい気もちでやぶったやくそくの重さ、真実心にしみました。たまて箱をあけてから、若さをうしなってから、わしは心からくやみました。それから、死ぬこともできないで生きつづけた年月は、ほんとうにつらいものでした。それでもわしは、このつらさこそ、やくそくをやぶったバツだと思ったのです。」
 

おじいさんは、もっちゃんと乙姫さまの前で、いままでのことを話しました。

「そんなある日のことでした。小さな海べの村で、男の人が、詩を書くことを教えてくれたのです。詩は、ながい年月のあいだにつもったわしの思いに、出口をあたえてくれました。わしは、それから詩を書きあげると、それをびんにつめ、海にながしました。たとえ2度と会うことができなくても、姫に、わしの気もちを、少しでも伝えたかったからです。ゆるされなくても、せめて、わしがくやんでいるということと、今でも姫だけを、姫とすごした日々を、大切に思っているということを…。」
 

おじいさんの言葉の1つひとつに、いちいちうなずきながら、乙姫さまは話を聞きました。そして、それが終わると、乙姫さまは、静かにおじいさんに言いました。

「長い長い年月を、よくたえてくれましたね。あなたの詩は、すべて、私のもとにとどきました。私は、それを父に見せて、ゆるしてくれるようにお願いしました。そして今年の春、父は、とうとう、ゆるしてくれたのです。けれども、あなたをさがすのに力はかしてくれませんでした。私の力のおよぶ範囲でしかさがせなかったので、むかえに来るのがこんなにおそくなってしまいました。ゆるしてください。」

「いいえ、姫、わしの方こそ。わしが、やくそくさえ守っていれば、姫にこんな苦しい目にあわすことはなかったのですから。」
 

2人は、お互いの手をとり、涙をながしました。乙姫さまとおじいさんの涙がまじりあって、おじいさんの手にかかったとき、そこから、不思議な光が生まれました。
 

その光は絵の具が紙ににじんでいくように広がって、おじいさんの身体をつつみました。そして光が消えると、おじいさんはいつのまにか若い男の人の姿に変わっていたのでした。 2人の、おたがいを思いやる心が生み出したきせきに、もっちゃんも目がしらがあつくなってきました。こぼれそうになる涙を、じっとこらえながら、いっしょうけんめいさがしてほんとうによかったと、もっちゃんは思ったのでした。
 
   @
 
それから、もっちゃんは、乙姫さまと太郎さんを乗せて、明けの浜をあとにしました。 海辺野町をとおりぬけ、岬市へとつづく海岸道路を走って、しばらくすると、朝がた、乙姫さまを乗せた灯台公園が見えてきました。

「ここで、おろしてください。」
 

乙姫さまがそう言ったので、もっちゃんは、タクシーを道路のはしによせて止まりました。灯台の下に、小浜とよばれている小さな浜があります。乙姫さまたちは、そこから海へ帰っていくのでしょう。

「きょうは、ほんとうにありがとうございました。これは、1日、いっしょにさがしてくれたお礼です。」
 

乙姫さまは、最後に両手をいっぱいに広げたくらいの大きさのきれいな箱を、もっちゃんに手渡しました。

「ええ! あのー、これは、もしかして…。」
 

もっちゃんがそう言うと、太郎さんは、おかしそうに笑いながら言いました。

「だいじょうぶ。これは、わしのもっていた『たまて箱』ではありません。中には、今日、走り回っていただいた分のタクシー代と、わしたちのおくりものが入っています。けむりなんか出ませんから、どうぞ、安心してあけてください。」

「でも、できることでしたら、その箱をあけるのは、私たちが、海に帰ってからにしてくださいね。」
 

乙姫さまは、太郎さんのことばに、そうつけ加えました。

「はい、そうします。やくそくをやぶって、つらいことや、かなしいことになっては大変ですから。」
 

もっちゃんがそう言うと、太郎さんと乙姫さまは、おかしそうにうなずきました。
 

それから2人は、道路の下の小道をおりて、小浜に出ました。
 

夕日が、海の上に、オレンジいろの光をなげかけています。
 

2人は最後にもう1度もっちゃんにむかって手をふると、手に手をとって、夕日にかがやく海の中へ入ってていきました。
 

もっちゃんは、それを見とどけると、また、タクシーに乗りこみました。そして、夕日の中を海辺野町に向かって走りだすのでした。
                                 〔おしまい〕

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もっちゃんのタクシー 3 海岸道路のお客さん

第3話  海岸道路のお客さん
 

 
「きょうは、むし暑くなりそうだなあ。」
 

もっちゃんは、赤信号で止まっていた車を発進させながら、そうつぶやきました。
 

もっちゃんは、まんまるのやさしい目をした、英和タクシーの運転手です。朝1番のお客さんは、海辺野町にすむ、背のひくいおばあさん。となりの岬市まで乗せていったのですが、「ひさしぶりにむすめの家へあそびにいくのよ」と言って、おばあさんはうれしそうにタクシーをおりていきました。
 

きょうは夏至。1年のうちで1番ひるが長い日です。しばらくふりつづいた梅雨の雨も、今日は中休みなのでしょう。まどから外を見ると、雲のあちこちがきれて、その間から、青い空が顔を見せています。
 

6月のムンムンとしたお日さまの光が、灰色の雲の間からシャワーのようにふってきます。その光をあびて、しんじゅ色のボディーに、エンジのラインのはいった、もっちゃんの車も、キラキラとかがやいています。
 

外の湿気と温度が、クーラーの利いた車の中にまで入ってきそうな天気です。
 

岬市の町なかから南にむかい、灯台の下をとおる海岸道路を15、6分も走ると、もっちゃんのくらす海辺野町に入ります。フンフンとはなうたを歌いながら、もっちゃんは、灯台の下のカーブをすぎました。
 
   @
 
そのとき、がけのそばで、若い女の人が手を上げました。
 

もっちゃんは、車をはしによせて止まり、ドアをあけました。

「あの、乗っていいのでしょうか?。」
 

女の人は、小さな声でそうたずねました。

「ええ、もちろん。からのタクシーですから。」
 

もっちゃんは、おかしなことを言う人だなと思いました。
 

女の人は、うれしそうに笑って、静かにタクシーに乗りこみました。

「どちらまでおおくりしましょうか。」
 

もっちゃんがたずねると、お客さんは、また、小さな声でこたえました。

「えっと…あの、わたしずっと、いなかでくらしてたので、にぎやかなところに行きたいの。デパート…だったかしら。そんなところへ行けますか?。」

「かしこまりました。…14号、岬デパートまで。」
 

もっちゃんがマイクをとって会社にれんらくすると、むせん係の清水さんが、いつもの元気のいい声でこたえました。
 
***はい、りょうかい。もっちゃん、そろそろ帰ってくると思ったら、また、岬市行きかい。朝からつづけてでごくろうさんだね***
 
「ああ、すてきなお客さんだからね。」
 

もっちゃんは、そう言ってマイクをおきました。
 
   @
 
もっちゃんのことばどおり、お客さんは、とってもきれいな人でした。雪のように白い顔、ぬれたように美しい長い黒かみ、細い首すじ、スラリとした足。テレビで見るスターやタレントとくらべたって負けないくらいです。ですから、いなかから出てきたなんて、とても信じられないような人でした。
 

もっちゃんは、タクシーをまわしました。そして、ふたたび岬市にむかって海岸道路を走りだしました。
 
   @
 
ところが、5分ほどたったころ、お客さんが、きゅうに、のどをおさえて苦しみだしたのです。もっちゃんは、いそいでブレーキをふみました。そして、車を道路のはしによせて止まると、お客さんによびかけました。

「あの、お客さん、だいじょうぶですか?。」
 

でも、お客さんは、両手でのどをおさえてゼイゼイするばかりで、よびかけにもこたえません。もっちゃんは運転せきをとびだして、後ろのドアをあけると、お客さんにかけよりました。
 

お客さんは、右手をのどからはなして、「だいじょうぶ」というようにうなずくと、大きく息をすいこみました。そして、深呼吸をするみたいにゆっくり息をはきだすと、しずかに、のどをおさえていた左手をはなしました。

「ごめんなさい。もう、だいじょうぶです。空気が、あんまりかわいていて、のどがいたくなったの。車の中が、こんなにカラカラだなんて、知らなかったわ。本当にすみませんでした。」
 

もっちゃんは、びっくりしました。

「ひょっとして、冷房が悪かったのでしょうか。梅雨どきですから、むし暑いだろうと思って、クーラーをいれていたのですが。」
 

もっちゃんは、そう、お客さんにたずねました。ところが…。

「すみません、そのレイボウってなんですか?。」

「えっ、なにってあの…」
 

もっちゃんは、からかわれているのではないかと思って、まじまじとお客さんを見つめました。
 

けれども、お客さんは、キョトンとした顔でもっちゃんを見ています。どうやら、からかったりしているのではなく、ほんとうに冷房を知らないようです。

「あのですねえ、冷房っていうのは、暑くならないように、車の中にすずしい風をおくるものなんですけど。ホラ、この車のまどにも『冷房車』って。知りませんか?。」

「はい。初めて聞きました。そんなものがあるんですね。」
 

お客さんは、感心したようにうなずきました。

「でも、それだったらどうして…。あっ、もしかするとレイボウって、すずしい風をおくるだけじゃなくって…」

「ええ、湿気…つまり、しめりけもとるようになっています。」
 

それを聞いて、おきゃくさんは、少しこまったように顔をくもらせました。

「じゃあ、もし私がデパートにまで乗せてもらうとしたら、ずっとレイボウの中にいなければいけないのでしょうか?。」

「いえ、タクシーの冷房ですから、お客さまがそうおっしゃるのでしたら、切りますよ。まどをあければ、すずしい風も入ってきますし。」

「そうですか。それじゃ、すみませんけれど、レイボウっていうのは、切っていただけますか。暑いのもあまり好きではありませんが、しめりけがないとダメなんです。」

「はい。それじゃ、冷房は切りますので、どうぞ安心してください。」
 

もっちゃんがそうこたえると、お客さんは、本当にうれしそうにほほえみました。
 

その笑顔があんまりステキだったので、もっちゃんはドキッとしてしまいました。それを気づかれないないように頭をさげて、ぼうしの後ろをポリポリかくと、いそいでドアをしめました。そして、運転せきにもどると、車をスタートさせました。
 
   @
 
それにしても変わった人だなあ…。
 

バックミラーをチラッと見ながら、もっちゃんは思いました。
 

まどから入ってくる6月の風が、もっちゃんのほほをなでていきます。冷房のようなすずしさはありませんが、顔を通りすぎる感じは、どこかしら、クーラーの風よりもやさしく思われます。
 

いつもはあまり気にはしていませんが、こうしてお客さんに言われてみると、そんな風のここちよさをあらためて感じたりもします。このお客さんは、ちょっとオーバーですが、たしかに、冷房のかけすぎは、あまり体によくないのかも知れません。
 

とは言っても、今どき、冷房がないようなところに住んでいるなんておどろきです。それに、こんなに冷房に弱いというのも、めずらしいとしか言いようがありません。もっちゃんがからかわれている…というのなら、わかるのですが、女の人のようすを見ると、どうも本当のようです。
 

もっちゃんは、運転をしながら、何の気なしにお客さんに話しかけました。

「冷房がないとなると、お住まいは、夏もすずしいのですか?。」

「ええ、水にかこまれていますから。」
 

お客さんは、そう言って、ニコッとわらいました。
 

山あいの村で、ちかくにわき水や川があるのかな…と、もっちゃんは思いました。
 

海にかこまれたこのあたりは、都会とくらべたら、ずっとすずしいということですが、ここでくらすもっちゃんは、あまりそうは感じられません。とくに、汗っかきのもっちゃんは、夏は、どちらかと言えば、にがてなのです。

「それにしても、どうしてこの町にいらしたのですか。どうせなら、もっと都会に出ていってもよかったのに。」
 

もっちゃんはつい、ちょうしにのってたずねました。言ってしまったあと、失礼だったかな…と思ったのですが、お客さんは、気軽にこたえてくれました。

「でも、ここが1番ちかかったんです。」
 

そのことばに、もっちゃんは、「あれ?」と思いました。岬市や海辺野町はもちろん、すこし海からはなれているおおくす町も、ふかい山や大きな川はありません。

「おきゃくさん、さきほど『水にかこまれている』ておっしゃいましたが、山の方からこられたのではないんですか?。」
 

もっちゃんがたずねると、お客さんは、きれいな声でこう言いました。

「ええ、海からきたんです。」

「ほう、海からねえ…。ええッ!」
 

もっちゃんは思わずそうさけんで、ブレーキをふんでしまいました。
 

たしかに、海なら水にかこまれているわけですが、それってどういうことなのでしょう。もっちゃんは、あわてて、後ろをむき、お客さんの方を見ました。
 

お客さんも、何か、しまったという顔をして、口をおさえています。よく見ると、その白い指のあいだに、うすく、とうめいなまくのようなものがあります。もっちゃんは、何となく、お客さんの正体がわかったように思いました。
 
   @
 
「お客さん、もしかして人間ではありませんね。」
 

もっちゃんは、静かな声で、そうたずねました。

「あの…わたし…。」
 

お客さんは、不安そうに、もっちゃんを見つめています。

「たぶん、お客さんは、人魚だと思うんですけど、ちがいますか。」
 

もっちゃんのことばに、お客さんは目をとじ、しょんぼりとうなづきました。

「あ、別に、人間じゃないから乗せない…とか、そう言うんじゃないんです。わたしは、まえに、人間以外の、変わったお客さんを乗せたこともありますから。ただね、それが分かっていれば、お送りするときに、いろいろと注意することができますし。それにたぶん、あまりほかの人に知られない方がいいんですよね。」
 

お客さんは、びっくりしたように顔をあげました。

「ほんとうに? 人間でなくてもいいんですか? ほかの人にもナイショにしてくれるんですか? にぎやかなところに、連れていってくれるんですか?。」
 

信じられない…というような声で、お客さんは言いました。

「ええ、これも1つの、すばらしい出会いだと思いますので。」
 

もっちゃんがそう言うと、お客さんは、本当にうれしそうに頭をさげました。

「ありがとうございます。たしかに、わたしは人魚です。わたしたち人魚の生活っていうのは、それはおだやかで、落ち着いたものなのです。」
 

なるほど…と、もっちゃんは思いました。
 

人魚だということであれば、冷房を知らないことも、なっとくできます。海の中は陸よりもずっとすずしいだろうし、水の中でくらしているのだとしたら、かわいたところでは、かえって苦しくなるというのも、よく分かるのです。
 

でも、よく考えてみれば、人間だって、ずっとむかしは、冷房なしで夏をすごしていたのです。けれど今では、車の中も家の中も冷房があるようになっています。それは、確かに便利になったんだけれど、その代わりに、なくしてしまったものもあるのではないでしょうか。
 

たとえば、まどごしの風の気もちよさ。冷房のきいたタクシーを運転しているうちに、もっちゃんもそれを忘れていたのです。
 

おきゃくさんは、ポツリポツリと話をつづけました。

「ほかの人魚たちは、そんな生活を、あたりまえのようにうけいれてくらしていました。でも、わたしは、にぎやかな人間の生活っていうのにあこがれたのです。初めのうちは、遠い海の上から町を見ているだけでした。でも、それではがまんできなくなって、一度だけでいいから人間の町を見にいこうと思って、こうしてこっそり出てきたんです。今日は、空気の中にしめりけも多いので、何とか息もできそうだったし…。でも、あまり人間のことは知りませんから、少し不安だったんです。」

「そうだったんですか。じゃあ、きょうは、最初で最後かもしれないチャンスですよね。大切な1日ですから、海へ帰る時間まで、ごあんないしましょう。」
 

もっちゃんは、そう言ってから、むせんのマイクをとりました。そしてデパート行きから、町をあんないする観光にかわったことを会社にれんらくすると、岬市へ向かってタクシーを走らせました。
 
   @
 
しばらくして、もっちゃんは、大変なことに気づきました。

「お客さん、冷房は苦手でしたよね。でも、こまったことに、この時期は、デパートなんかの人の多いたてものは、ほとんど、冷房が入ってるんです。」
 

あっ…と人魚のお客さんは小さな声でさけびました。

「そうですか。…そうですよね。レイボウが人間には気もちがいいから、こんな小さな車にでもあるんですよね。運転手さんは、とってもやさしい人だったけど、わたしだって、そんな人ばかりでないことは知っています。うっかりデパートにはいってレイボウの中にとじこめられたら、どんなふうになるか。ざんねんだけど、入るのはあきらめます。でも、車からでいいですから、にぎやかなところをのぞかせてください。」
 

人魚のお客さんのことばに、もっちゃんのむねは、キュンと痛みました。せっかく人間の世界にあこがれてやってきても、人間の世界は、扉をとざしているのではないかと思ったからです。
 

冷房、電車、バス、電気。人間のくらしはどんどん便利になっています。でも、その代わりに、いつのまにか、まわりから、ほかの生き物が消えていってはいないでしょうか。小さいころ、よく見かけたギンヤンマやシロツメクサやテントウムシやトノサマガエル。そんなものの姿を見なくなって何年になるでしょう。
 

そう考えると、何とかしてあげたいと思うのですが、どうしても、いい考えがうかびません。それでももっちゃんは、いっしょうけんめい考えるのでした。
 

そうこうしているあいだに、タクシーは、デパートの前につきました。
 

もっちゃんがそのことを知らせると、人魚のお客さんは、まどごしに、デパートを見つめました。しばらくはそのまま、出入りする人々をながめていましたが、やがて、小さな声でこう言いました。

「おかげで、ステキな思い出ができました。本当にありがとうございました。」
 

もっちゃんは、それを聞くと、たまらない気もちになりました。

「あの、まだ時間はおありでしょうか。もしよろしければ、中には入れないけれど、美術館や水族館、駅や神社なんかにもまわりますが…。」
 

人魚のお客さんは、それを聞いてたずねました。

「いいんですか?。」

「もちろんですとも。」
 

もっちゃんは、元気な声でそうこたえました。デパートだけではなく、もっといろいろなところへ連れていってやりたいと、心から思ったからでした。もっちゃんは、ハンドルをしっかりとにぎると、美術館へとタクシーを向けるのでした。
 
   @
 
それからもっちゃんは、人魚のお客さんを連れて、美術館、遊園地、図書館、駅、神社、商店街、市民公園などを次々とまわりました。
 

たてものの中には入りませんでしたが、タクシーをおりて、ちょうこくのおいてある美術館の庭を、2人でさんぽしました。それから、公園の花ばたけをあるいたり、神社でおみくじを引いたり…。いくさきで、もっちゃんが思いつくかぎりの、できそうなことは、ぜんぶやりました。
 

人魚のお客さんは、もっちゃんといっしょに、歩き、笑い、少女のようにひとときひとときを楽しんだのでした。
 

やがて、人魚のお客さんは言いました。

「あちこちをまわっていただき、本当にありがとうございました。けれど、わたしの体もそろそろ水が恋しくなってきました。どうか、最初に乗せていただいたがけのところに連れていってください。」
 

もっちゃんはうなずくと、タクシーを海岸道路へと向けました。10分ほど走って、がけのところにつくと、お客さんは静かにタクシーをおりました。

「こんなに親切にしていただいて、お礼のことばもありません。せめて、乗せていただいた分のお金だけでもはらえればいいのですが、持っていません。その代わりに、これを受け取ってもらえませんでしょうか。」
 

人魚のお客さんは、もっちゃんの手に、ひとにぎりのまるいつぶを乗せました。黒いつぶ、白いつぶ、ピンクのつぶ。ひとつひとつが、お日さまの光にあわく光っています。海がそだてた宝石のつぶ。それは、ひとにぎりの、しんじゅだったのです。
「ありがとうございました。1部は、タクシーの代金としていただきます。そしてのこりは、今日の思い出のあかしとして、大切にします。また、人間の町が見たくなったら、連絡してください。『英和タクシーのもっちゃん』と電話していただければ、いつでもきっと、むかえに来ますから。」
 

人魚のお客さんはうなづくと、がけから一直線に海にとびこみました。そして、海の中で人魚のすがたにもどると、ふたたび顔を出し、大きな声でもっちゃんに呼びかけました。

「本当に、ありがとうございました。また、あなたの顔が見たくなったら、ここへやってきます。そのときは、また乗せてくださいね。」
 

そう言って、何回も何回も手をふりました。
 

もっちゃんも、それにこたえて、がけの上から手をふりました。
 

それを見た人魚のお客さんは、最後に海の上へ大きくとびあがり、クルリと一回転すると、もう1度もっちゃんに手をふり、海の底へと消えていきました。
 

もっちゃんは、その姿が見えなくなるまで、がけの上で見おくったあと、ふたたびタクシーに乗りこみました。
 

今日は、ひるが1番長い日ですから、まだまだしごとはつづきます。もっちゃんは、はなうたを歌いながら、海岸道路を海辺野町へと向かうのでした。
                                                                                 〔おしまい〕

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もっちゃんのタクシー 2 約束の日に

第2話  約束の日に

 
「どうも、おつかれさまでした。また、ご利用ください。」
 

車をおり、大きな荷物を持って改札口に急ぐお客さんにそう言って、もっちゃんは、タクシーのドアをしめました。
 

しんじゅ色のボディーにエンジのラインの入った車に、朝のお日さまがキラキラとまぶしく光ります。もっちゃんは、右手でねむそうに目をこすったあと、口をいっぱいに開けて大あくびをしました。
 

もっちゃんは、まんまるのやさしい目をした、英和タクシーの運転手です。ゴールデン・ウイークということで、お客さんのふえるこの1週間、ずっと休みのとれなかったもっちゃんでした。でも、交替の大木くんが入ったので、お客さんは、岬市駅におろした人でおしまいです。
 

もっちゃんは、右手でゲンコツを作ってかるく肩をたたいてから、むせんのマイクを取りました。

「…14号、岬市駅とうちゃく。これで上がりにさせてもらうよ。」
 

おりかえし、むせん係の清水さんの歯切れのいい声がかえってきました。
 
***はい、りょうかい。もっちゃん、昨日の夜中からずっと続いてだったのに、朝1番のこの時間までむりをたのんで、本当にすまなかったね。今日はゆっくり休んでおくれ。また、明日の午後からよろしくたのむよ***
 
「大木くんが出たすぐだったから、仕方ないさ。でも、さすがにつかれたよ。帰ったら、風呂に入ってねるよ。明日の朝までのんびりさせてもらうからね。」
 

もっちゃんは、マイクを置き、大きなのびをしました。
 

今日はゴールデン・ウイーク最終日の5月5日。雲1つない空に、たくさんのこいのぼりが泳いでいます。もっちゃんは、もう一度大きなあくびをした後で、ハンドルをにぎりシフト・レバーに手をかけました。
 
   @
 
「おじさん、めぐみちゃんの家、知らない?。」
 

タクシーを発進させようとした時、不意に後ろのシートから、子どもの声がしました。びっくりしてふり向くと、いつの間に乗りこんだのか、そこには五つか六つくらいの、目のクリクリっとした男の子がチョコンと座っていました。

「ぼうず、おまえ、いつの間に乗ったんだ?。」
 

もっちゃんは、ちょっと口をとがらせて聞きました。けれど男の子は、じゃれてはねまわる子犬みたいな顔で笑っているだけで、何も答えません。

「まあ、良いか。今日は子どもの日だしな。ぼうず、この車はタクシーだ。分かるか? つまり、お金をはらうお客さんだけ、行きたいところへ乗せて行くってことだ。ぼうず、お前お金を持ってるか?。」
 

男の子は、キョトンとした顔でもっちゃんを見ています。もっちゃんは小さくため息をついて言いました。

「困ったヤツだなあ。分かってるんだか、分かってないんだか。…おい、ぼうず。お前、どこから来たんだ?。」
 

今度は男の子はニコッと笑って、屋根の上を泳いでいるこいのぼりみたいに元気な声でこう答えました。

「遠野だよ。遠野から電車とかにいっぱい乗って、めぐみちゃんに会いに来たんだ。端午の節句に会いに行くって約束したから。」
 

男の子の口から出た言葉に、もっちゃんはおどろいてしまいました。

「おい、遠野って、もしかして東北の岩手県にある遠野市のことか?。」
 

男の子は、かわいらしくウンとうなずきました。

「そいつは遠くから来たんだな。で、何かい? お父さんやお母さんをこっそり出し抜いて、先に親戚の家に行こうなんて考えてるのかい? イタズラとしては良い考えだけど、それをすると、みんなが心配するよ。迷子になったんじゃないかって。」
 

もっちゃんは、やさしく言い聞かせようとしました。ところが男の子は、さらにビックリするようなことを口にしました。

「ううん、そんなんじゃないよ。大人とか親戚なんて関係ないよ。だってボク、1人で来たんだから。遠いし、電車はいっぱいあって間違えそうになるし大変だったけど、約束したからサ。約束は、ちゃんと守らなきゃいけないモンね。」

「うーん、そうか。」
 

もっちゃんは、おどろくと同時に、感心してしまいました。
 

今の言葉が本当だとすると、この子ははるか遠い岩手の山おくから、このあたたかい海辺の街まで、たった1人でやって来たということになります。遠野からだと、飛行機や新幹線を乗りついでも、軽く6時間や7時間はかかるでしょう。知らない駅での乗りかえなど、大人だって迷ったり間違ったりする大旅行です。
 

それに、いくら約束をしたからと言っても、それだけのために、遠野からこの岬市まで1人でやってくるなんて、大人でもそうそうできることではありません。いや、このごろは、この子のように律義に約束を守ろうとする大人自体が本当に少なくなっているようにさえ思えるのです。
 

もっちゃんは、もっと詳しくこの男の子の話を聞いてやろうという気になりました。

「なあ、ぼうず。おじさんはタクシーの運転手だから、このあたりの道や家なら良く知ってる方だ。けどな、『めぐみ』っていう子どもの名前だけじゃ、さすがのおじさんも分からない。それに、ぼうずの間違いとかがあっても、さがせなくなる。たとえば、おりる駅が違ってたとか、な。だから、もう少し詳しく話してくれないか。」
 

男の子はウンとうなずいて話し始めました。

「あのね、めぐみちゃんの名前は『はすお めぐみ』って言うんだ。春休みに、遠野のおばあちゃんの家に遊びに来た時に仲良しになったの。野原で遊んでいる時に、岬市駅の前の駐車場にお父さんの車を置いて、5回電車に乗りかえて来たって言ってたから、ボクはこの駅でおりたんだ。駅の名前から考えても、電車の乗りかえから考えても、ぜったいにここで良いと思う。めぐみちゃんの家は、神社のすぐ近くだって。」
 

男の子は、年ににあわぬほどきちんと話しました。なるほど、これなら岬市駅におりたのは分かるし、男の子の言う通り間違いないでしょう。それに『はすお』という名字は、このあたりでは珍しいし、神社の近くという手がかりもあるので、何とかなりそうです。

「なるほど、良く分かった。大したもんだ。おじさんは、めぐみちゃんの家は知らないけれど、岬市のまわりの神社の近くにある『はすお』さんの家なら、多分、さがせると思う。本当は、タクシーだから、お金をもらわないと乗せないんだけれど、今日は、特別だ。子どもの日だし、何よりも、約束を守るためにはるばる遠野から1人で来たぼうずの気持ちが気に入った。いっしょにさがしてやろう。」

「本当? ありがとう。」
 

男の子は、輝くような顔をして、もっちゃんに飛びつきました。もっちゃんは、テレくさそうに頭をかいて「いいってことよ」なんてテレかくしを言ったあと、ハンドルをにぎり、しんじゅ色のタクシーを発車させました。
 
   @
 
岬市のまわりには駅の前に1つ、裏手2つ、そしてその他に4つと、合わせて7つの神社があります。駅に近い3つは、車で来る必要はないと考えて除き、残りの4つの中でもっちゃんが最初に向かったのは、東の高台にある稲荷神社でした。
 

神社前を通る大通りにある交番で、もっちゃんは、『はすお』さんという家がこの近所にないかをたずねてみました。けれども、おまわりさんは首を横にふりました。

「この近くにはないから、多分、別の神社でしょう。」
 

もっちゃんは、おまわりさんにお礼を言って、海岸道路の手前にあるやくも神社に足をのばすことにしました。

「めぐみちゃんは、とっても良い子だったんだよ。」
 

走り出してしばらくしてから、不意に男の子がそう言いました。

「だから、わざわざやって来たのかい?。きっとかわいい子なんだろうね。」
 

もっちゃんが、ニヤッと笑いながらそう言い返すと、男の子は、みょうに大人っぽい顔で、首を横にふりました。

「そんなんじゃないんだよ。めぐみちゃんはね、お父さんやお母さんの言うことを良く聞くし、妹のめんどうも見る。お手伝いもちゃんとするし、勉強もピアノもいっしょうけんめいがんばる。ね、とっても良い子だろう?。」
 

もっちゃんは、感心して答えました。

「ふうん。それは本当に良い子だね。なるほど、確かにぼうずの言う通りだな。」
 

ところが、それを聞いた男の子は、少し怒ったようにこう言いました。

「でも、それは大人にとっての『良い子』だよ。子どもにとってそんな『良い子』になることってどれだけ大変か…。大人は、自分が小さかったときのことを忘れて、子どもに、自分にとって都合の良い『良い子』をおしつける。それが、子どもにとってどんなにつらいかなんて、考えもしないんだ。初めて会ったとき、めぐみちゃんは、木のかげで声も出さずに泣いてたんだから…。」
 

もっちゃんは、胸をつかれたような気になりました。
 

男の子の言う通りです。
 

大人は、子どものために良かれと思ってやっているのでしょうが、近ごろの子どもたちは、塾や習いごと、おけいこごとに大いそがしです。そろばんや習字、ピアノ、水泳、英会話などと、子どもたちは毎日のように追いたてられています。そして、友だちと遊ぶ時間や、虫や動物や草花とふれあう時間を、どんどん失っているのです。
 

たしかに、勉強や習いごとも大事でしょう。けれども、それと引き替えになくしてしまったものの中に、もっと大事なものがあったのではないでしょうか。
 

少なくとも、もっちゃんが子どもだったころは、友だちといっしょに、日が暮れるまで、空き地や学校の運動場をかけまわり、どろんこになって遊んでいました。みんな遊びに夢中になって、どんなに言われても、習字やそろばんに行くのを忘れて遊んでしまい、怒られることも、だれもが経験していたのです。
 

それが、いつの間にか空き地がなくなり、学校の運動場もかぎをかけられてしまうようになりました。町の中で、おそくまで遊んでいる子どもたちの姿もめったに見られなくなり、それに代わって、夕方、かばんを持って道を急ぐ子どもの姿が、どんどん増えていくようになってきたのです。

「めぐみちゃんはその時、妹のめんどうを見ていたんだ。けど、妹があんまりわがままを言って困らせたので、つい、ぶってしまった。だけど、ぶったところだけを見ていたお父さんが、めぐみちゃんをしかった。いつもそう。妹は、『小さいから』って甘やかすのに、めくみちゃんは二つの違いだけでも『お姉さんだから』とがまんさせられる。その時だって、悪いのはめぐみちゃんを困らせた妹だったのに…。」
 

もっちゃんも、あいづちを打ちました。

「そうだよなあ。やっぱり、小さい方に甘くなってしまうからなあ。」
 

もっちゃんにも経験があるし、身のまわりでも良く見かけることですが、不公平にあつかわれた方にしてみれば、がまんできない時だってあります。ましてや、10さいにもならない子どもならなおさらだろうと、しみじみ、もっちゃんも思うのでした。

「めぐみちゃんはいつも、『良い子』になろうといっしょうけんめいだった。そうすれば、妹ばかり甘やかしてチヤホヤしているお父さんやお母さんにもほめてもらえると思ってたからなんだ。本当は、めぐみちゃんだって甘えたいし、いっしょうけんめいやった時にはウンとほめてもらいたいんだ。そんなめぐみちゃんを、ちゃんと見てもいないで一方的にしかるなんて、あんまりひどいだろう。だから、めぐみちゃんはがまんできなくなって、外に飛び出したんだ。」
 

それは、大人からすれば、ありふれた小さな出来事かも知れません。でも、子どもにとってはどうでしょうか。
 

もっちゃんも、子どものころに、悪い事をしていないのにしかられたり、なぐられたりしたことが何度かありました。ゲンコツの痛さ以上につらかった心の痛みは、今でも、忘れられません。
 

きっと、その『めぐみちゃん』という女の子もどんなに、つらかったことでしょう。それを考えると、この男の子の感じている『約束』の重さも、何となく分かるような気がしました。

「それで、ぼうずは、めぐみちゃんをなぐさめたわけだ。」
 

もっちゃんの言葉に、男の子はニヤッと笑いました。

「もちろん、なぐさめもしたよ。でもそれだけじゃないんだ。実は、イタズラにさそったの。つまり、めぐみちゃんと2人で『悪い子』したって訳さ。」
 

そんなことを話しているうちに、車は、やくも神社につきました。小さいころ、この辺りに住んでいたもっちゃんは、ここの神主さんとは顔見知りです。もっちゃんは、タクシーをわきの空き地にとめて神社に入り、神主さんに『はすお』という家のことをたずねてみました。

「ふうん、『はすお』ねえ。この近所ではないなあ。とすると、おおくす神社かゆうき神社かも知れないなあ。どっちにしても、この辺りではめずらしい名字だ。電話で聞いてやれば分かるだろう。もっちゃんが、休みを返上してさがしてやってんだ。オレも、それくらいはしてやるよ。もっちゃん、ちょっと待ってな。」
 

神主さんは、おおくす神社とゆうき神社に電話をかけてくれました。すると、ゆうき神社の近くに、一昨年、東北の方から引っ越して来た蓮尾さんという家族が住んでいることが分かりました。

「きっと、その家に違いない。ぼうずも、喜ぶよ。神主さん、ありがとう。」
 

もっちゃんは、思わずさけんでいました。
 

神主さんは「あわてるなよ」と言いながら、蓮尾さんの家のくわしい場所も聞いてくれました。ゆうき神社の神主さんの話では、蓮尾さんの家は、神社のうら門の左手にある、3げん目の青いやねに白いかべの家だということでした。

「おい、ぼうず! 分かったぞ。蓮尾めぐみちゃんの家は、ゆうき神社のうらだ!。」
 

もっちゃんは、タクシーにもどるなり、大声で言いました。そして、男の子を乗せて、ゆうき神社へと急ぐのでした。
 
   @
 
ゆうき神社は、岬市の西がわ、つまり駅から見て稲荷神社と反対の方にあります。もっちゃんは、海岸道路を西に向かい、それから北へ曲がって岬市の西がわへもどる道を取りました。その間中、男の子は、めぐみちゃんといっしょにやったイタズラを次から次へと楽しそうに話し続けました。

「…げんかんのくつを、全部、勝手口に回したり、本だなの本を1つひとつ反対に向けておきなおしたり、塩と砂糖、ソースとしょうゆの中身を入れ替えたり…。初めは、そんなイタズラからやり出したんだよ。その日は、めぐみちゃん、まだまだ、おそるおそるって感じだった。次の日はね、あちこちラクガキをして回ったり、家の中にカエルやトカゲをいっぱい入れたふくろを放りこんだり、かわきかけた洗濯ものに水をかけたりした。3日目、4日目になると、めぐみちゃんは、自分からいろいろとイタズラを考えて、ボクでもおどろくようなことをやれるようになった。そのころになって、本当に楽しそうに笑うようになってきたんだ。おじいさんにイタズラが見つかってしかられると、大声でワンワン泣いて、おじいさんがビックリしてタジタジっとなると、アッカンベーして逃げ出したりもできるようになった。そんな風にね、初めて会った時とくらべると、人が変わったみたいに生き生きとしてきたんだ。」
 

もっちゃんは、2人のイタズラとそれにふりまわされる家族のようすが面白くて、何度もふきだしてしまいました。口を押さえる手がすべってハンドルを動かしてしまい、あわててブレーキをふんだり、青信号を見落として車を発進させるのがおくれ、後ろのトラックからプップッとならされたりもしました。
 

そう言えば、子どものころのもっちゃんも、イタズラは大好きでした。何度しかられても、イタズラをくりかえし、大人は困らせたけれど、イタズラを通していろいろな子と仲良くなりましたし、そのことがまた、自分らしく生きるエネルギーにもなったように思います。考えてみるとイタズラも、実はとっても大事なことなのかも知れません。
 
   @
 
やがて、しんじゅ色のタクシーは、ゆうき神社のうら通りにでました。50メートルほど先に神社のうら門が見えてきた時、とつぜん、後ろのシートで男の子がさけびました。

「めぐみちゃん!。」
 

もっちゃんは、あわててブレーキを踏みました。
 

手前の青い屋根の家から、フリルのついた白いワンピースに花もようのついたピンクのボレロを着たかわいい女の子が1人、元気良く駆け出してきます。

「ぼっこちゃん!。」
 

女の子も男の子に気づいたらしく、こちらを見て、大声で答えました。
 

もっちゃんは、タクシーのドアを開けてやろうとしてふりむきました。
 

不思議なことに、ドアはしまったままなのに、シートには男の子の姿はありません。驚いて前を見ると、いつの間におりたのか、男の子は外の歩道に出ていました。そして、女の子に手をふりながら、そちらの方に走って行くのです。
 

それを見て、もっちゃんにも、男の子の正体が分かったのでした。
 
   @
 
男の子と女の子は、しんじゅ色のタクシーの前で、しっかりと手をにぎり合いました。 もっちゃんは、しばらくそれを満足そうに見ていましたが、やがてゆっくりと窓を開け、男の子に呼びかけました。

「ぼうず、良かったな。でも、おまえまた、遠野に帰らなければならないだろう。岩手までは道は遠いし、時間もかかる。おじさんも遠野までは無理だけど、せめて駅くらいまでなら送ってやれる。どうだ、日が沈むころにこの神社のうら門に来れば良いかな?。」
 

男の子は、うれしそうにうなずきました。

「うん、それで良い。ありがとうおじさん。約束する。日が暮れたら、ちゃんとこの神社のうら門のところで待ってる。きっとだよ。」
 

もっちゃんは、男の子の返事に笑ってうなずくと、かるくプップッとクラクションを鳴らし、しんじゅ色のタクシーを発車させるのでした。
 
   @
 
もっちゃんは、それから家に帰り、昨日の夜の分もシッカリ昼ねをしました。その後、お風呂に入ってサッパリすると、再び、タクシーのキイを手にしました。もちろん、男の子をゆうき神社にむかえに行くためです。しんじゅ色のタクシーは、沈む夕日を浴びてオレンジにそまりながら、岬市を西へと走って行きました。
 

夕日の上のはしが西の空に沈むころ、しんじゅ色のタクシーは、ゆうき神社のうら門に着きました。もっちゃんが、1度だけプッとクラクションを鳴らすと、門の横の木のかげから、あの男の子が飛び出してきました。男の子は、もっちゃんが後ろのドアを開けると、元気良くタクシーに乗り込みました。

「おもいっきり遊んできたかい?。」
 

ドアをしめてからもっちゃんがたずねると、男の子はちょっと頭をかいてから、「ウン」と言ってうなずきました。それから男の子は、坂道を転がるボールみたいに、その日のできごとを話し始めたのです。
 

もっちゃんは、タクシーをとめたままそれを聞きました。ウンウンとあいずちを打つもっちゃんを見ながら、男の子は、思い出すだけでも楽しくてしかたがないみたいに話し続けました。わざわざ遠くからやってきた甲斐のある時間をすごせたことが感じられ、もっちゃんも、自分のことのようにうれしく思うのでした。

「…というわけで、今日はあまりイタズラはしなかった。でも、安心したよ。もう、めぐみちゃんは、無理して『良い子』を続けなくてもすむようになったんだ。妹や友だちとケンカができるようになったし、イタズラやワガママも言えるようになったんだって。『このごろ、よく、お父さんやお母さんにしかられる』って笑ってた。しかられると、大声で泣くんだって。遠野で初めて会ったときとはぜんぜんちがう。ホント、すっごく生き生きしていたよ。」
 

男の子は、まるで自分のことのようにうれしそうにそう言うと、最後にポツンと、こうつけ足しました。

「もう大丈夫だ。めぐみちゃん、ボクがいなくても自分らしく生きていける。遠野で別れるとき、あんまり心細そうにしていたから、こっちに来てまた『良い子』に戻ってしまったら大変だと思って、『5月5日に、ボクがもう1度会いに行く』って指切りしたんだ。でも、本当に良かったよ。そうだよね、おじさん。」
 

男の子の声は、とてもさびしそうでした。

「そうだねえ、本当に…。約束どおり来てみて、良かったじゃないか。安心して戻ったら良いよ。遠野にはおばあさんの家もあるんだし、また向こうでも遊べるさ、きっと。」
 

もっちゃんがわざと元気な声でそう答えると、男の子は、しんみりした顔でウンと言ってうなずきました。その返事の中にこめられた男の子のやさしさと悲しみが、チョッピリ、もっちゃんの胸を打つのでした。

「それじゃ、そろそろ行くよ。」
 

もっちゃんは、しずかにそう言ってから、ゆっくりとタクシーを発車させました。こい青色の空に、星が1つ、また1つと顔を見せ始める中、男の子を乗せたしんじゅ色のタクシーは岬市駅にむかうのでした。
 
   @
 
やがて、しんじゅ色のタクシーは岬市駅につきました。

「ところで、ぼうず。おまえ、どうしておれの車に乗ったんだい?。」
 

ドアを開ける前に、もっちゃんはふりむいて男の子に聞きました。男の子は、クリッとした目をかがやかせながら、ステキな笑顔をもっちゃんに向けて答えました。

「おじさんは、ボクの前にも、人間ではないお客さんを乗せたことがあるだろう。ハンドルのあたりに、不思議な力を感じるから。だから、おじさんの車にしたんだ。」
 

もっちゃんは、「これか」と小さく言って、車のキイにつけてある打ちでの小づちのキイ・ホルダーを指ではじきました。たしかにもっちゃんは、節分の日に、おになんかを乗せたことがあったのです。

「それじゃぼうずは、もうおれが、ぼうずの正体に気づいているってことも知ってるわけだ。イヤ、まいった。見かけは子どもでも、さすがだなあ。」
 

男の子は、首をかわいく曲げてこう言いました。

「ウン。でも、『座敷ぼっこ』だと分かっても、ずっと変わらずにいてくれたことが、ボクはとってもうれしかった。たいていの大人は、ボクが『座敷ぼっこ』だと分かると、つかまえてとじこめようとするんだ。だけど、おじさんはちがった。おじさんは、ボクの気持ちをすごく大切にしてくれて、ボクに一番良いようにって考えてくれた。だからボク、おじさんにこれをわたすためにおくってもらったんだ。」
 

男の子がふところから出してもっちゃんにわたしたのは、松ぼっくりで作った、小さな『座敷ぼっこ』の人形でした。

「これは、ただの人形じゃない。ボクの分身なんだ。座敷ぼっこが住みつく家は幸せになるけど、出て行くと幸せも逃げて行く。でも、ずっと幸せでいてほしい人のところには、この人形をおいていくんだ。めぐみちゃんの家にもおいてきたけど、おじさんにもぜひ、もらってほしいんだ。」
 

もっちゃんは、てのひらにのせられた松ぼっくりの人形と、男の子の顔を、かわるがわる見つめました。小さな人形にこめられた座敷ぼっこの温かな心。それが、もっちゃんの心もホンワカと温かくしてくれたように思いました。

「ありがとう。ほんとにぼうずに似ているなあ。ぼうずだと思って大事にするよ。」
 

もっちゃんは、その人形を、そっととなりのシートにおきました。

「じゃあ、ボク、これで帰るよ。おじさん、本当にありがとう。」
 

座敷ぼっこはそう言って、今度はちゃんと開いたドアからタクシーをおりました。

「ぼうず、タイクツしたら、また遊びに来いよ。」
 

最後にもっちゃんがそう呼びかけると、座敷ぼっこは、小さい手の人差し指をほほにあて、イタズラっぽく首をかしげました。それから、ニコッとうれしそうに笑うと、かわいらしく手をふりました。そして、つむじ風のようにクルッとまわると、駅の人ごみに消えていったのでした。
 

座敷ぼっこを見送った後、もっちゃんは車の中で大きくのびをしました。
 

空はもう真っ暗になり、1つ、また1つと春の星座が浮かび上がってきています。

「あしたもまた、良い天気になりそうだな。」
 

もっちゃんは、そうつぶやくと、ハンドルをにぎりシフト・レバーに手をかけました。本当の仕事も、仕事でない仕事も、これで終わりました。しんじゅ色のタクシーは、もっちゃんを乗せて、夜の町を帰って行くのでした。
                                 〔おしまい〕

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もっちゃんのタクシー 1 せつぶんのできごと

「おーい、乗せてくれ。」 その声に、もっちゃんはブレーキをふみ、車を左によせました。 もっちゃんは、まんまるのやさしい目をしたタクシーの運転手です。 しんじゅ色のボディーにエンジのラインの入った車には、英和タクシーの文字。海辺野町を出発したもっちゃんのタクシーは、きょうも、おきゃくさんを乗せて走っています。はてさて、どこへ行くのでしょう。

    第1話   せつぶんのできごと

 オニはそと ふくはうち  ふくはうち  オニはそと

  オニはそと ふくはうち  ふくはうち オニはそと

 

夕ぐれの町を走るタクシーのまどごしに、そんな声が聞こえてきます。

「そういえば、きょうはせつぶんだったなあ。」 

もっちゃんは、赤信号で止まっていた車をゆっくりと発進させました。豆のいっぱい入ったますを持った大きな手。いつもはあわただしさの中でわすれてしまっているお父さんの手を、なぜかしんみり思い出した夕ぐれ。つめたい風の中に、春の日のふるさとのまぼろしが見えてきそうな気もしてきます。 

もっちゃんは、まんまるの顔とまんまるの目をした英和タクシーの運転手です。今日は、この町の病院におみまいに来ていたお客さんを、となりのおおくす町まで乗せていったかえり道。夕日をあびて、しんじゅ色のボディーにエンジのラインのはいったもっちゃんの車も、あかね色にそまっています。

「おっと、そろそろこんできたな…」 

もっちゃんは、ラッシュをさけて、うら通りの方に車をむけました。少し遠回りになりますが、こんざつする大通りよりもこちら道の方がはやくかえれるのです。 だんちのよこを通り、はたけの間の道をぬけて5、6分も走ると、うすみどり色の橋が見えてきます。橋をわたれば、もっちゃんのくらす海辺野町です。 フンフンとはなうたを歌いながらもっちゃんは橋の手前の信号をすぎました。

そのときでした。

「おおい、乗せてくれ。」

歩道のはしで背の高い男の人が手を上げました。もしゃもしゃの頭にギョロリとした大きな目。少し青い顔にはバンソウコウが2つ3つはってあります。 もっちゃんは、車をはしによせて止まり、ドアをあけました。男の人は、大きなからだをちぢこませるようにして、タクシーの後ろのシートにもぐりこみました。

    @

「いやぁ、たすかったぜ。1人だけ先にかえらせてもらったのはいいが、あちこちがいたくて歩けやしない。おまえさんの車が見えたので、思いあまって手を上げたんだ。止まってくれてありがとうよ。」 

お客さんは太い、われるような大声で言いました。

「どちらまでおおくりしましょうか。」

もっちゃんがたずねると、お客さんはまた大声でこたえました。

「おっと、それを言うのをわすれてた。おおくす神社の前までたのむよ。」

「かしこまりました。…14号、おおくす神社まで。」

もっちゃんがマイクをとって会社にれんらくすると、むせん係の清水さんが、いつもの元気のいい声でこたえました。

***りょうかい。もっちゃん、かえりのつもりが、つづけてだね***

「…お客さん、急いでるみたいだったから。もうひとまわり、してくるよ。」

もっちゃんはそう言ってマイクをおくと、交差点のところでハンドルを左に切りました。 と、そのとき、後ろのタイヤがイヤなふうにしずんだのを感じました。パンクです。

「まいったなあ。お客さん、すみません。クギでもふんだのか、パンクしてしまったようです。すぐ会社にれんらくして、かわりの車に来てもらいますから、ちょっとおまちねがえますか?。」 

もっちゃんは、そう言いながら、車を道のはしによせました。すると、お客さんは、もしゃもしゃの頭を大きく横にふって、大声でこたえました。

「いや、べつにそんなに急いでるわけじゃないから…。この車ももちろん、かわりのタイヤを、つんでるんだろう。オレ、なおすの待ってるよ。このまま運転手さんに乗せていってもらいたいんだ。だってホラ、かえるとちゅうだったのに、イヤな顔1つしないでオレを乗せてくれたんだろう。オレ、とってもうれしくってさ。だから、待ってる。タイヤかえるまで待ってるから、このまま乗せてってくれよ。」 

そう言われると、もっちゃんも悪い気はしません。

「わかりました。それじゃ最後まできちんとおおくりしますから、ちょっと待っていてください。すぐにおわりますから。」 

もっちゃんは車をおりると、トランクからかわりのタイヤとジャッキを取り出しました。 

すると、お客さんも車から出てきてました。

「どうだい、手伝おうか? オレ、力しごとはとくいなんだ。」

「ありがとうございます。でも、こちらもプロですから、こんなものかんたん…」 

もっちゃんがそう言いかけたとき、1つむこうの交差点からタイヤのきしむ音が聞こえ、つづいて何かがぶつかったような音がしました。事故があったようです。

「うんがいいやら悪いやら。もし、ここでこうしてパンクしてなかったら、今ごろあのあたりだったからなあ。」 

もっちゃんは、むこうの交差点の方を見ながらそうつぶやきました。

    @

タイヤをかえ終わったところで、また、清水さんからのむせんがはいりました。 

***14号、もう、おおくす神社についたころだろう。そこから15分でおおくす駅にまわれないかい? もっちゃんの好きな山本ふゆみ、明日のコンサート会場の市民体育館におくってほしいんだってさ***  

それは、ねがってもない知らせでした。でも、もっちゃんは、まだまだ、おおくす神社にもついていないわけですから、とても15分では駅には行けません。

「…すまない。はしきたの交差点の手前でパンクしてしまって、タイヤをかえてたので、まだ、神社までついていないんだ。お客さん、こころよく待っててくれたからちゃんと神社の前までおくりとどけたいし。悪いけど、大木さんにでもまわしてやって。」 

心の中でコンチクショウと思いながらも、もっちゃんはそう返事しました。清水さんは、「そいつはざんねんだね」と言ってむせんを切りました。それにしても、パンクといい、このことといい、みょうに不運がつづいるようです。

    @  

お客さんがからだを小さくしてシートにもぐりこむと、もっちゃんは、タクシーを発車させました。けれども、さっきの事故のためなのか、車がこんざつしていて、なかなか前に動いてはくれません。

「すみませんねえ、お客さん。回り道をしようにも、事故の場所が前の交差点ではしようがない。いつもなら、10分くらいでつくのに、今日はよくよく運の悪い日ですわ。」 

もっちゃんは、すまなさそうにお客さんに話しかけました。お客さんは、べつにあせったようすもなく、ゴツイあごをなでながらこたえました。

「なあに、こんな日だってあるもんだよ。けどね、運がいいとか悪いとかって言っても、いいときの回数と悪いときの回数なんてのはだいたいどんな人でも同じなんだ。だから、悪いことがあった分だけ、かならずいいこともある。いつも人にやさしくしている人は、悪いったって、そんなにひどいわけじゃない。さっきのパンクだってそうだろう。もし、パンクしてなかったら、きっと、この事故にまきこまれてるよ。それが、パンクとじゅうたいですんじまって、次にいいことがあるってんなら、それでいいじゃないか。」 

もっちゃんは、なるほどなあと思いました。

「そうしたら、パンクに、山本ふゆみに、じゅうたいにと、悪いことが3つあったから、こんどはいいことも3つあるってことですか。」

「まあ、そういうこと。だから、楽しみにしてるといいって。」 

まるで、うらないしか神さまみたいな言い方だなあ…ともっちゃんは思いました。そして、チラッとバックミラーを見たそのとき、もっちゃんはびっくりして思わずブレーキをふんでしまいました。バックミラーにうつっていたお客さんの頭にニョッキリとのびた2本の角。お客さんは、おそろしい青オニだったのです。

    @  

「バカヤロー、さっさと行け!」 

後ろの車からのどなり声に、あわてて車を発進させたもっちゃんでしたが、むねのドキドキは大きくなるばかり。 

でも、よく考えてみると、思いあたることはたくさんあります。あちこちのバンソウコウは、きっと豆をなげつけられたときにできた傷だろうし、もしゃもしゃの頭も、ギョロリとした目も、からだや声が大きいことも、オニだったらなっとくがいきます。 

それに、何よりも、このお客さんを乗せてからつづいた不運。やっぱり、このお客さんは、本物のオニにちがいありません。もっちゃんは、こわくなって、歯をカタカタならせながら、たずねました。

「あのお…あのですねえ……。もしかして、お客さんは……」 

もっちゃんのようすに、お客さんの方も、なんとなく気づいたようです。

「もしかして、わかっちまったかい?」

「は、はいー。あの、わたくしども、にんげんのタクシーでして……。やっぱり、その。なんと言いますか、はいー。」

「そうかい、わかった。うまく化けたつもりだったんだけど、バレてしまってはしょうがない。止めやすいところでおろしてくれればいいさ。なにせ今日はとくべつな日だ。この体に豆をなげつけられなかっただけでも、どんなにありがたかったか知れやしない。みじかい時間だったけど、すまなかったな。」 

お客さんは、もしゃもしゃの頭を、でっかい手でボリボリとかきながら、そう言いました。それを聞いたとたん、もっちゃんはホッとしました。でも、ミラーごしに見たお客さんの目が、少しさびしそうに光ったのが、なぜか気になりました。

「あの、でも、こんなところで、おろしていいんですか。おおくす神社まで歩くとなると、かなりありますよ。」 

もっちゃんがそう言うと、お客さんは意外そうな目でもっちゃんを見ました。

「いや、もともとおになんてのは、体力はありあまってる方だし、少しの時間だったけど、豆に追われないで、ゆっくりできたから、だいじょうぶだぜ。それに、お前さんだって、すぐにでも、おりてもらいたいと、思ってるだろ。ほんとうに、豆をなげつけられないだけでも、ありがたいくらいなんだ、オレはよ。」 

もっちゃんは、それを聞いてジンときてしまいました。オニなんてのは、らんぼうで、おそろしくって、不運をはこんでくる、とんでもないヤツだと思っていたけれど、このお客さんを見ていると、何かちがうような気がしてきました。それに、よく考えてみると、もう1つひっかかることがあるのです。

「お客さん、もしかして、お客さんを乗せなかったら、私は、パンクよりももっと大きな不運に見まわれていたんじゃありませんか。」 

お客さんは、でっかい指でほっぺたをかきながら、うなづきました。

「まあ、せっかく乗せてくれたしだなあ、オレもそれは考えるわけだ。不運をへらすのは、やっぱりよくないんだけれど、ちっちゃくするくらいだったら、かまわないしな。それに、ほんとうはかえるところだったのに、オレのようすを見て、止まってくれたわけだろう。ちっちゃいことだけど、今日のオレには、とってもうれしかったんだ、これが。」

「わかりました。やっぱり、おくらせてください。おおくす神社まで。」 

いつしか、もっちゃんは、そう言っていました。なるほど、考えてみれば、生きていくうちには、運がいいときも悪いときもあるわけですが、人と人とのかんけいや、ちょっとした心の持ち方で、その大きさってのは、かなりちがってくるものです。 

たしかに、パンクはついてなかったかも知れません。けれど、たまになら、こんなことがあってもいいんじゃないか…と、もっちゃんは思ったのです。

    @  

そんなことを話しているうちに、事故のげんばはすぎました。けれども、夕方のラッシュのせいで、じゅうたいはいぜんとしてつづいていて、道は、前も後ろも、車でいっぱいです。でも、もっちゃんは、もう少しいったところで、一方通行になっている小さな道があることを、思い出しました。

「おきゃくさん、このまま進むと、どうやら、まだまだ時間がかかりそうですので、ちょっと遠回りになりますが、この先で小道に入ります。たぶん、その方がはやくつくはずですから。だから、もうしばらく、ごしんぼう下さい。」 

もっちゃんは、ハンドルを左に切って、信号の手前の小さな道を入って行きました。2本ほどおくの道を通るので、きょりは少し長くなりますが、あと5分もすれば、おおくす神社につづく道にぬけるはずです。もっちゃんは、人が通っていないのをたしかめると、ちょっとだけアクセルをふむ右足に力を入れるのでした。

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やがて、もっちゃんのタクシーは、町なかをぬけて、たんぼの広がる町道に出ました。おおくす神社までは、あと500メートルくらいです。右手には、うっそうとした森が広がり、神社の上には、大きなくすの木が、夜空をおおいかくそうとでもするように、えだをいっぱいにはっています。タクシーは、その木の中にすいこまれるように、神社への道を走って行きました。そして…。

「さあ、つきました。どうも、おつかれさまでした。」 

もっちゃんは、そう言って、ドアをあけました。お客さんは、外にでると、体をいっぱいにふくらませるみたいに、大きなのびをしました。すると大きな人間ほどだった体がメキメキふくらみ、角やキバも出て、ひときわ大きな青オニになりました。

「ありがとう。ところで、最後に1つだけ運転手さんに聞きたいんだが、どうしてオレが、オニだとわかったんだい。」 

青オニのお客さんは、ふしぎそうにたずねました。もっちゃんは、まんまるい目をほそくしてほほえむと、ハキハキと明るい声でこうこたえました。

「ミラーです。ひょいとバックミラーを見たら、角がうつってたんですよ。」 

そうだったのかと、青オニのお客さんは、大声でわらいました。それから、もっちゃんの両手をしたにうけさせて、グローブみたいな右手のゲンコツを開きました。

「こっちが、神社までのうんちんだ。さいせんなのでこまかくて悪いけど、ちゃんとここまでの料金、3780円あるぜ。そして、こちらは…。」 

ジャラジャラとした音とともに、十円玉や五十円玉や百円玉が、もっちゃんのてのひらに落ちてきました。そして最後に、青おにのお客さんの左のゲンコツから、何か小さなものが、ポトンと落ちたのです。

「悪い運を、小さくしてくれるお守りだ。タクシーのキイにでも、つけといてくれると、うれしいけどよ。」 

それは、打ちでの小づちのかざりのついたキイ・ホルダーでした。青おにのお客さんは、それを見つめるもっちゃんのまんまるの目を見て、ニヤリとわらいました。

「ありがとうございます。また、らいねんのせつぶんも、乗ってください。わたしのタクシーは、『ふくはうち おにもうち』にしますから。」 

もっちゃんは、そう言って頭を下げました。もっちゃんのことばに、青おにのお客さんは、「オゥ」と、かるく右のこぶしを上げてこたえると、おおくす神社のやみに、消えていきました。もっちゃんは、その声の中に、なにかあったかいものを感じました。青おにのお客さんを見おくった後、もっちゃんは、ゆっくりとユーターンをして、おおくす神社をあとにしたのでした。

    @  

もっちゃんのタクシーが、海辺野町の手前の信号を通りすぎたとき、また、清水さんからのむせんが入りました。 

***おおい、14号、もっちゃん。あさっての9時、あけといてくれよ。*** 

「…どうしてだい?」 そうもっちゃんがマイクごしにたずねると、清水さんの大声がむせんからかえってきました。 

***山本ふゆみをおくってくからに、きまってるじゃないか。大木のやつは、その日は休みなんだよ。*** 

「…そうかい。そいつはどうもありがとう。」 

もっちゃんは、そうこたえて、マイクをおきました。もっちゃんの口から、思わずヤッホゥーイという声が上がりました。やがてそれは、大好きな山本ふゆみの歌にかわっていくのでした。

                                 〔おしまい〕

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