カテゴリー「シドの妖夢」の28件の記事

『異・邦・人』第2部

シドの妖夢28

@シドの妖夢28

   △

 

翌日、新聞や、何も知らない他の学生たちの口から「事件」を知った。

 

それは、スピードの出し過ぎと信号無視で起こった事故…でしかなかった。女子に人気のあった彼の死は、様々な噂を散らばらせたが、それでも、その中に彼が人間ではなかったというものはなく、真実は闇の中に霧散したままだった。

 

私は、ショックで、しばらくの間何も手につかなかった。それでも、一足早く立ち直った伸一と香織に支えられ、1ヶ月程かかって、ようやく元に生活に戻ることが出来た。

 

そんなある日、伸一との映画の帰り道で、私は擦れ違った綺麗な女の人の胸に、1匹のシャム猫を見た。赤いリボンが青いリボンに変わってはいたが、その凍て付くような青い目としなやかすぎる美しい姿体は、まさしく志嶋くんの飼っていたシドのそれだった。

 

私の視線に妖しい笑顔で応えたシドは、私に向かって小さく一声鳴くと、女の人に抱かれたまま人込みの中に消えていった。

 

シドはそれっきり私たちの前に姿を現わすことはなかった。

                                                                   〔完〕

 

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シドの妖夢27

@シドの妖夢27

   △

 

カローラの外では、伸一と香織の話が続いていた。

 

「まずは、舞だ。やつの事は気にかかるが、やっぱり、先に舞をアパートに戻そう」

 

香織は、車の中の私を見つめてうなずくと、ドアを開けて後のシートに座った。伸一は、すぐにカローラのエンジンをかけた。

 

その時、私たちの耳に、闇を切り裂くようなタイヤの音が聞こえ、それに続いて何かが激突したような音がした。

 

私たちは顔を見合わせた。音がしたのは、志嶋くんが走り去った方向だった。

 

「伸一…」

 

「行ってみよう」

 

香織もうなずいた。近づいてくる救急車のサイレンに、私は何か冷たいものが胸を走るのを感じた。伸一は、車を音のした方に発進させた。

 

現場は、大学の校門の側の交差点だった。

 

パトカーのランプの光る道路、現場検証の警察官、立ち並ぶ群衆…。そこは、ごくありふれた交通事故の現場だった。歩道の近くに、見覚えのある赤いフェアレディーが無残な姿になって横たわっているのが見えた。

 

割れたガラスの破片やおびただしい血の跡が残ってはいたが、その車を運転していた筈の人の姿は無かった。

 

「フェアレディーの方は即死だってよ…。信号無視で突っ込んで、頭も何もグシャグシャだったらしい。トラックの方は助かったらしいが…。しかし、何を考えてるのかねえ…」

 

「まったくだ。いくら良い車に乗ってても、これじゃあ…」

 

集まった人たちの会話を耳にして、私たちは大きなショックを受けた。志嶋くんは、志島くんは死んでしまったのだ。事故死という思ってもみなかった結末を目の前に突きつけられて、今までとは違った恐怖が心を切り裂いた。

 

この2日間、死の恐怖は私のすぐそばに澱んでいた。その間の志嶋くんは、明らかに人間とは異質の存在だった。彼は自分のことを妖魔とさえ言ったのだ。それに、志嶋くんの力と行動は十分にその言葉を裏付けるに足るものだった。

 

しかし、志嶋くんは、本当に人間ではなかったのだろうか。おびただしい血の跡と、不自然さのない事故の現場が、それを否定しているように思えた。私は、私たちは…人ひとりを追いつめ、殺してしまったのではないだろうか。

 

そう思いつめた末に、私は、その場で気を失ってしまった。

 

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シドの妖夢26

@シドの妖夢26

 

「舞、綾人は、人の心に潜む恐怖に付け込んで舞を操っていたのよ。暗示にかからず、自分さえ失わなければ大丈夫。それ程恐ろしい力を持っている訳じゃないのよ」

 

香織も、志嶋くんを睨みつけながらそう言った。

 

香織の追い討ちに、志嶋くんの顔は大きく歪んだ。街灯に照らされた志嶋くんは、以前の絶対的な圧迫感を失い、風の中で揺れる蝋燭の炎のように弱々しく見えた。

 

追い詰められた志嶋くんはじりじりと後退し、伸一が木刀で打ち掛かる寸前に、石を投げつけられた野良猫のように駆け出し、闇の中へ逃れた。

 

「待て!」

 

伸一はすぐに後を追ったが、志嶋くんは、一瞬の差で、近くに置いてあった自分のフェアレディーに飛び乗り、追跡を振り切って逃げていった。

 

伸一は後を追いかけようとしたが、ぐったりしている私を見て、それを断念した。

 

私は、そのまま伸一に抱きかかえられて、裏に止めてあったカローラに運ばれた。

 

こうして、悪夢は終わった。私は、伸一のカローラのシートに持たれかかると、そのまま目を閉じた。車に残る伸一の気配が温かい。シートの中で私は、ようやく救われたことを実感したのだった。

 

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シドの妖夢25

@シドの妖夢25

   △

 

「やめろ!」

 

その時、怒りに燃えたぎった鋭い声が闇の中に響いた。

 

瞬間、冷たい指がピクリと動きを止めた。その声に、志嶋くんの腕は引きつり、私から離れた。私は、糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れた。もう一つの温かい手がその身体を支えた。香織だった。

 

「舞、しっかりして。もう大丈夫。中村くんも一緒よ。絶対に、あなたをあいつなんかに渡しはしないから!」

 

その声に恐る恐る目を開ける。目の前に、私と香織を守るように立って、木刀を志嶋くんに突きつけている伸一の姿があった。

 

「志嶋綾人、おまえに舞は渡さない!」

 

伸一は、怒りに燃える目で志島くんを睨み、鋭い声で言いはなった。

 

落ち着きと自信に満ちていた志嶋くんの顔に、初めて、焦りと狼狽の色が見えた。志嶋くんは、伸一の気迫に押されるように1歩、また1歩と後退した。

 

「何故だ…。おまえたちはシドに眠らされていた筈なのに…」

 

「そう、あやうく眠らされかけた。たまたま持っていたこいつが無ければ、そのまま舞を連れ去られるところだった」

 

伸一はそう言って、ズボンのポケットからナイフを取り出し、志嶋くんの方に投げた。少し血の付いたナイフが、志嶋くんの足元の芝生に尽き刺さった。

 

「買った時は、まさか、自分の腕に突き立てるなんて思ってもみなかったがな。痛みのお陰で、異様な眠気を払うことができた。そうしたら、舞が夢遊病者のような足取りで出てくる。怪しい猫に操られるようにしてな。俺は、隣の部屋で眠らされていた宮崎さんを揺り起こし、それから、慌ててここに来た。場所は、舞から聞いていたからな。おまえのやり口は分かっている。舞は感受性か強いが暗示には弱いところがある。それを利用したんだ。覚悟しろよ。舞をこんな目に合わせたきさまを、絶対に許しはしない!」

 

伸一の勢いに気圧されてか、志嶋くんは明らかに動揺していた。それまで、あれほど圧倒的に見えていた夜の志嶋くんが、初めて私の目に小さく写った瞬間だった。

 

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シドの妖夢24

@シドの妖夢24

 

…いや、怖い。助けて…

 

私は心の中で叫んだ。しかし、すべては無駄だった。もはや、恐怖すらも、白い闇の中では自分自身の身体を動かす力とはなり得なかったのである。

 

1歩、また1歩と、私は志嶋くんの元へと近づいていく。悪夢の中で、最期の瞬間が迫ってくる。私のものでなくなった私の足が、私を最期の瞬間へと運んでいくのだった。

 

やがて私は、約束の場所についた。

 

志嶋くんは、水銀灯の光の中で、闇よりも暗い恐怖を湛えた金色の瞳を私に向けた。そして、昨夜と同じように、凍りつく程美しい笑顔で、私を迎えた。

 

「よく来たね…最期の時間へ。もう23日遊んでやろうかとも思ったけれど、君は話してしまった。だから、これでおしまい。今夜で最後だ。妖魔とのデートも、そして舞、君の命も…だ。明日からは、君の代わりに香織をこの闇に迎えてやろう。天国の入り口で親友を待っているといい。そして、君の恋人の中村伸一には死を…。すべては、君が話してしまったからだ。2人共、今頃は眠っている筈だ。何も知らずにね…」

 

志嶋くんは、美しいテノールでそう言った。

 

私は、金色に光る瞳に吸い込まれるように彼に近づいていった。

 

やがて、志嶋くんは、その白い指を私の背中にまわし、凍てついた唇を私に近づけてきた。そして、冷たい唇が私に触れた瞬間、私は昨日と同じ様に悪夢から現実に引き戻された。けれども、目の前にあったのは悪夢と同じ光景だった。

 

「い……や…ああ…たすけ…て…」

 

背後では、シャム猫シドの青い目が妖しく光っていた。しかし、その他には動くものの気配すら無く、次第に、残り少ない体力と気力も尽きていった。

 

…もうだめ。伸一、ごめんなさい…

 

私は絶望し、志嶋くんの腕の中で目を閉じた。氷の唇を唇に感じながら、私は涙を流していた。愛に応えることもできぬまま、絶望の闇の中に落ちていかなければならないことが辛く、悲しかった。

 

やがて冷たい指先がワンピースのホックに掛かった。私は、最期の瞬間を予感した。

 

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シドの妖夢23

@シドの妖夢23

 

すでに時計は8時をまわっていた。「約束」の時間まで、あと4時間足らず…。私は本当に救われるのだろうか。いや、それよりも、香織や伸一は、本当に大丈夫だろうか。そんな思いが胸を刺す。

 

私はそっと、小さな声で伸一と話している香織の横顔を見た。しかし、すべてを話してしまった今、もはやどうすることもできなかった。その間も2人は小さな声で話し続け、香織は伸一の言葉に何度かうなずいた。

 

やがて伸一は、右手でOKのサインを作って香織の肩をたたき、ドアを閉めた。香織は、その後ドアをロックしてから私のそばに来て言った。

 

「大丈夫。舞は渡さない。いい? 絶対にここを出てはダメよ。安心して。私も中村くんもついてるからね」

 

それからずっと香織は私の側に座り、私の口から昨夜の出来事を話させた。

 

その間にも、時計は1秒また1秒と時を刻んでいった。約束の時間が近づくにつれて、私の心の中に不安が大きくなっていった。私は…香織は…そして伸一は…本当に大丈夫だろうか。

 

そんな不安は、やがて現実になった。

 

11時半を過ぎた頃、私は、突然、不自然な眠気に襲われた。

 

頭の中に白い靄がかかり、意識が徐々にフェード・アウトしていく。心の底で危険を告げるベルが鳴り響くのだが、それすらもだんだん不鮮明になり、遠ざかっていくのだ。そして、窓の外に光る青いシャム猫の瞳の記憶を最後に、私は眠りに落ちていった。

 

夢の中で香織がうつらうつらと眠っていた。そして香織の横に座っていた私は静かに立ち上がり、そっと鍵の掛かっていた筈のドアを開けて外に出た。

 

光と影が裏返ったように見えるキャンパスの裏通り。写真のネガのような情景の中で、私の前を歩いていくシャム猫のリボンの赤だけが鮮やかに揺れている。麻酔をかけられたように不鮮明な意識の中に、冷たい恐怖が広がっていく。

 

現実、それとも悪夢…。白い闇の中で光に満ちた希望と絶望の闇が逆転していく。まったく実在感はないのだが、それは確かに現実だった。私は光と影の入れ代わった不思議な風景の中を約束の場所へと歩いていった。

 

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シドの妖夢22

@シドの妖夢22

 

「…その間のことは覚えていないのか?」

 

「…分からない。分からないの。最初はぼんやりとしていて、まるで夢でも見ているような感じだった。確かに私なのに、何をしていても実感が無くて、遠くからテレビでも見ているみたいで…服を着た時も、歩いている時も同じ。それからまただんだん分からなくなって…。突然、意識がはっきりしたと思ったら、目の前に、金色の目をした志嶋くんがいたの。だけど…それも偶然じゃなかったの。…体は自由に動かせなかったし…話すことも出来なかった。私のすべては彼の思うがままになって…。あの人は…恐怖に震える私を…意識を戻したのも…すべて私の恐怖の表情を楽しむため…私は…私は…」

 

そこから先はどうしても言えなかった。私の口から伸一に話すなんて…。

 

私はその場に泣き伏した。

 

「舞…分かったわ。もういい。分かったから」

 

香織はそういいながら、私の肩をたたいた。そして、伸一に振り返った。

 

「中村くん…。後は落ち着いてから私がまた聞くわ。だから…」

 

「そうだね。その方が良さそうだ。…送っていくよ」

 

伸一はそう言って、カローラの鍵を掴んだ。しばらくするとエンジンの音が聞え、クラクションが鳴った。私は香織に支えられて伸一の車に乗り込んだ。

 

車は5分ほどで私たちのアパートに着いた。私たちは3人で香織の部屋に入った。

 

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シドの妖夢21

@シドの妖夢21

 

「そう…悪魔なのかもしれない。志嶋くんは、志嶋くんは…私をマリオネットのように操って…心臓の上から唇を押し当てて…命を…。昨日の夕方…私が見てしまったから…。あの人の、金色に光る目を…。だから、あの猫を使って…。そして、今夜も…」

 

伸一と香織は、とぎれとぎれに話す私を、見つめて何度もうなずいてくれた。話している私でさえ、それが自分の身に起こった事でなかったら、とても信じられない内容なのに。私は、自分自身を見守ってくれている愛と友情の深さに今更ながら驚くのだった。

 

「舞…信じるよ。やっと分かったわ。昨夜と今朝の舞の悲しげな顔の意味が…。いい? さっきも言ったように、私は、綾人なんかより舞の方がずっと大事なんだから。私の事は心配いらないわ。それよりも、問題は舞、あなたよ。昨夜の事をもっと詳しく話して」

 

香織の言葉に伸一もうなずいた。

 

しかし、私にはそれが1番辛かった。

 

昨夜の悪夢を思い出すのもそうだが、それ以上に、愛していることに気づいた伸一に、全てを知られるということが…。

 

私は、体の自由を奪われ、恐怖のうちに胸をはだけられて、それから気を失うまで、あの美しい悪魔のなすがままになっていたのだ。愛する人に抱かれる日まで、きれいなままに守っておきたかった身体を、あの恐るべき妖魔に蹂躙され続けたのだ。

 

それを伸一の前で話さなければならないのかと思うと、私の胸は痛んだ。

 

しかし、今となってはどうしようもないことだった。私は顔を伏せたまま話し続けた。夜の電話…シドの迎え…マリオネットの時間…そして、志嶋くんの前に連れていかれてからのこと。

 

話すごとに私は胸を針で突き刺されるような苦しみを味わっていた。

 

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シドの妖夢20

@シドの妖夢20

 

そんな恐怖感は、突然私を抱き締めてくれた腕の温かさと、頬に感じる微かなトクッ・トクッという、柔らかいリズムによって次第に治まっていった。

 

気がつくと、私は伸一の腕にしっかりと抱かれていた。

 

それまで、キスはおろか、手すらもろくに握ろうとしなかった伸一が、両手でしっかりと、震える身体を抱き締めていてくれたのだった。

 

「伸…一…」

 

「大丈夫。きっと守ってやる。さあ、話してごらん」

 

香織も、微笑みながらそれに続けた。

 

「私のことは気にしないでいいのよ。舞はどう思っているか知らないけど、私は志嶋綾人なんかより、舞の方がずっと大切なんだから」

 

「香織…」

 

「あの男には、これっぽっちも気を許してないのよ。確かに頭はいいし、見た目もステキで、何でも出来るし、お金持ちでセンスも抜群だし。そういう意味では、他人に見せびらかすために連れ歩くには最高かもしれないわね。だけどアイツは、必要以上にスキが無くて、キメすぎる。悪魔的な美しさっていうのかな。…そんな感じ。側にいても、中村くんと違って心の底に冷たさを感じるの。だからアイツ、私にとって心を許せる相手じゃないのよね。たとえ、外からどう見えたとしても…ね」

 

その言葉に引き出されるように、私は口を開いた。

 

恐怖はまだ心に渦巻き、それゆえに声は震えてはいたが、伸一の体温の温かさと香織の言葉に励まされ、ポツリポツリと話し始めた。途中、何度となく恐怖に押し潰されそうになりはしたが、2人のまなざしに支えられて、私は話し続けた。

 

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シドの妖夢19

@シドの妖夢19

 

「飲みながら聞こう。…舞、いったい何があったんだ」

 

「…」

 

「必ず俺が守ってやる。舞、話してごらん」

 

私は話せなかった。

 

恐怖は、それ自体が魔物だ。その恐ろしさに縮み上がってしまった私の心は、素直に優しいぬくもりの中に身を委ねることができぬまま、闇の中で震えていた。温かさに満ちた部屋の中で、私は、血の気のない青白い顔に虚ろな瞳を乗せて、コーヒーの中のミルクの渦を見つめていた。

 

伸一はしばらく黙ったまま私を見つめていたが、突然、私の腕を握り、激しい、怒ったような口調で言った。

 

「舞…。少なくとも俺は、あのシャム猫のことは気づいているんだ。ロビーの窓からじっと舞を見ていた、あの赤いリボンの怪しい猫のことを。さあ、話すんだ。あいつのことを。そして、その影に潜んでいる奴のことを!」

 

伸一はそう言いながら、私の身体を激しく揺すった。

 

いつもは穏やかな伸一が、こんな表情を見せたのは初めてのことだった。伸一の視線は、激しく燃え盛る炎となって、恐怖に凍りついた心に迫った。

 

それでも私は話さなかった。いや、話せなかった。私の心を呑み込んだ恐怖の闇は、あまりにも深く、そして冷たかった。私は両手で自分の肩を抱いたまま震えていた。

 

しかし、伸一の言葉に香織が反応した。

 

「赤いリボンをつけたシャム猫ですって? そういえば、私も見たことがある。今日だけじゃないわ。前に1度フェアレディーに乗せていたけど、何か普通とは違った感じがしていた。舞、もしかして、志嶋…綾人なの? そうなのね…」

 

その名前が、恐怖を爆発させた。

 

「いや~あ…」

 

私は、無意識のうちに叫び声を上げ、亀のように縮こまっていた。

 

唇に、そして全身に震えが走り、記憶の中に焼き付けられた金色の目が妖しく光る。凍てついた指先の感触が、冷たい唇の感覚が素肌のあちこちに蘇る。もう、何も見えず、何も聞こえず、何も感じられなかった。

 

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