カテゴリー「黒おに物語」の15件の記事

北の山奥に住む双子の黒おに兄弟が出会ったのは…

黒おに物語 15

 

黒角がアヤを連れて岩屋に戻ったのは、次の日の夕方でした。

 

アヤはまだ赤い目をしていましたが、背筋をピンとのばしてサヨの手を取りました。そして、サヨを連れておくの小部屋に入りました。しばらくするとサヨの泣き声が聞こえてきましたが、もう、アヤが涙を見せることはありませんでした。

 

その次の朝、アヤは黒おにたちを前にしてこう言いました。

「八郎さまは亡くなりましたが、私とサヨは生きています。そして、八郎さまの分も生きていかなければと思っています。問題は、どう生きるかです。今回のことでお分かりのように、私は追われています。私も、八郎さまも、まさかここまでは追ってこないだろうと思っていたのですが、足利の者どもは、こんな山おくにまで、私を追ってきました……。私が人間でいる限り追われるのだとしたら、八郎さまが亡くなった今、私は人間でいたくありません。どうか、私とサヨを人の住めないような山おくに連れて行って下さい」

 

アヤの願いは、黒おにたちの心をゆさぶりました。アヤの悲しみと怒りは、痛いほど分かりましたが、だからと言って、黒おにたちには、それがアヤとサヨにとっての幸せだとは思えませんでした。黒角は、青角をサヨの眠っている小部屋へ行かせると、静かにアヤに語りかけました。

「なあ、アヤさんよ。この山は本当に人里から遠く離れとる。けンど、それでも、たまには猟師やきこりや炭焼きたちが来る。そんなところだったから、八郎どんやアヤさんも、暮らせたんじゃワイ。けどノ、もっと山おくへ入れば、オレたちのように頑丈なおにでも、暮らすのには苦労する。八郎どんの代わりに、オレたちがあんたら2人を守るから、これまで通りここで暮らそうや。なあに、オレたちは手のつけられン乱暴者と思われとるから、追ってきたヤツらは、アヤさんが殺されたとでも思うとるに決まっとる。だから、無理にこの山を離れることはナイ。第一、ここには八郎どんの墓もある。なあ、その方がイイと思わンかい?」

 

黒角の言葉は、砂に吸い込まれる水のようにアヤの心にしみました。村人のうわさや見かけとは違い、黒角も青角も、人間に勝るとも劣らないやさしい心を持っているのです。でも、それに対して人間はどうでしょう。

 

アヤは、この山に来るまでの日々の事を思いました。お互いにいたわり合うのではなく、おとしめ合い、足をひっぱり合い、わずかな土地や物のために殺し合う。姿形は美しくても、醜く浅ましい心を持った人間のなんと多かったことか。

 

それでも何とか生きてこられたのは、脇屋義矩がいたからでした。

 

義矩は勇敢でやさしく、アヤが心から信じられるたった1人の人でした。心のよごれた人間たちに囲まれていても、義矩が側にいれば自分の心を保って生きられました。義矩は、人間として生きるたった1つの希望だったのです。

 

けれども、その脇屋義矩はもういません。そんな中で、どうして人間として生きていけるでしょう。いいえ、義矩は今の人間社会によって奪われたと言って良いのではないでしょうか。もしそうならば、アヤはもうこれ以上人間として生きていたくないと、心から思ったのでした。

「八郎さまは、もう、私の側にはいてくれません。それどころが、2度と戻って来てはくれないのです。今となってはもう、私が人間として暮らしていくには、2つの道しかないのです。その1つは、八郎さまを殺させた足利一族の家に閉じこめられて、死んだ心のまま、贅沢な暮らしをすること。そしてもう1つは、あの男たちのような追っ手を恐れ、サヨと2人でビクビクしながら暮らすことです。八郎さまを殺した足利一族にこれからの一生を任せるなんて耐えられませんし、ビクビク暮らすのも嫌です。私は、生きようと決意はしていますが、人間として生きたいとは思わないのです」

 

アヤは、悲しそうに、けれども断固とした決意をこめてそう言いました。

「ちょっと待つンだ、アヤさん。ここで暮らしても、今度のようなことは二度とさせねぇ。オレと青角が八郎どんの分も守ってヤル。もうヤツらは、絶対にこの山には入れねぇ。命かけてでも、オレたち2人が守ってヤル! だから、アヤさんやサヨぼぅが暮らしやすいこの山で暮らそう。八郎どんの墓のを守ってここにいた方がイイに決まってるンだ」

 

黒角は大声で叫びました。けれどもアヤは静かに首を横にふりました。

「いいえ、そういうことではありません。たとえ、渡辺党があきらめたとしても、きっとまた別の足利一族がやって来るでしょう。あなた方お2人は八郎さまよりも強いだろうし、この山のことも良く知っているでしょうが、あの渡辺党の5人以上に強い男たちが、10人も20人も連れだってやってきたらどうなると思いますか。たとえ、あなたがその追っ手を追い払ったとしても、私がここにいると知れてしまった以上、さらに多くのサムライたちがやってくるかも知れないのです」

 

黒角は、首を激しくふりました。

「大丈夫ヤ。何十人来ようと、何百人来ようと、ビクともせん。かならず追い払ってやる。だから、ここで暮らそう」

 

黒角は、何とかしてアヤの決心を変えようとして叫びました。けれどもアヤは静かに首を横にふってこう言ったのでした。

「あなたは『追い払ってやる』と言いました。ふもとの村人たちがどう言おうと、そこにあなた方お2人のやさしさがあらわれています。けれども、今のサムライは違います。私は小さいころ、都で、弱い者や歯向かう者を情け容赦なく切り捨てて笑っていたサムライを見たことがあります。血に狂ったサムライたちの中には、姿は人間でも、おによりもおそろしい心を持った男たちがたくさんいるのです。あなた方が追っ手と戦い始めたら、何度追い払って下さっても、別の足利一族がやって来るでしょう。戦いは、終わることなく続き、私とサヨは、その間ずっと、あなた方の身を案じながらふるえていなければならない。八郎さまのように殺されはしないか、けがをしたりはしないかと……。もう、これ以上大切な人を失うことになるのはイヤです。だからと言って、形だけは人間でも心を殺したり怯えたりして暮らす生き方もまっぴらです。私は、ただすなおに、そして静かに生きたいのです。そのためだったら人間を捨てたってかまわない。だって、八郎さまを殺したのは、おにでもけものでもなく、人間なのですから」

 

黒角は、アヤの言葉に黙ってうなずきました。アヤの怒りと悲しみの深さは、黒角たちが思っていた以上に深いものだと分かったからでした。その怒りと悲しみから、人間を捨てる決意をしたのなら、アヤの言う通りにしてやろうと黒角は思いました。

「兄やん、アヤさんの言う通り、1人も人間のいない山おくに連れて行ってやろう。八郎どんを殺した人間の世界がイヤなら、人間を捨てさせてやろうよ」

 

黒角が振り向くと、そこにはサヨを肩に乗せた青角が立っていました。

「分かった。アヤさん、アンタの言う通りにしよう」

 

黒角は、最後に静かにそう言いました。

「さあ、そうと決まったら、引っ越しの準備ヤ。忙しくなるゾ!」

 

青角は、わざと明るく言って、肩に乗せたサヨに微笑みかけました。サヨは、まだ何かを言えるほどの元気はありませんでしたが、青角の笑顔にこたえて少しだけ微笑みました。黒角は、それを見て静かに、けれどもしっかりとうなずいたのでした。

 

数日後、焼けおちた家の前に立てられた小さな墓の前に、4つの人影がひざまずきました。旅支度を終えた黒おに兄弟が、アヤとサヨの姉妹と共に、脇屋義矩の墓を訪れたのでした。4人は、義矩に最後の別れをすると、いずこへともなく姿を消しました。

 

その日から、黒おに兄弟と、2人の姉妹の姿を見た人間は、誰もいませんでした。

                                  〔おわり〕

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黒おに物語 14

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ひとしきり泣いたあと、アヤは、誰に言うともなく、こうつぶやきました。

「…私は、ずっと八郎さまが好きでした。ぜいたくな暮らしでなくても、地位や身分を捨てても、八郎さまが側にいてくれるだけで幸せでした。足利の者どもに追われ、あちこちをさまよいましたが、この山にきて、ようやく落ち着くことができる。私も、八郎さまもそう思いました。そしてあなた方お2人と出会えて……。こんな幸せな日々が、これからもずっと続くんだ……そう心から信じ始めていたのです」

 

黒おにたちは、黙ってアヤの言葉を聞いていました。アヤの悲しみの深さは伝わってきても、それをどうする事もできなかったからです。けれども、1つ気になる事がありました。それは、岩屋に残したサヨのこと。義矩は亡くなりましたが、サヨは生きているのです。そして、アヤも……。黒角は、そっとアヤに話しかけました。

「アヤさん。悲しいのは分かる。オレたちだって胸がつぶれそうなくらい悲しいんだから、アヤさんは、その何十倍も何百倍も悲しいに違いない。でも、悲しんでばかりはいられない。オレたちにはサヨぼぅがいる。岩屋で、オレたちを待っているサヨぼぅがいるンだ。サヨぼぅは、たった1人で不安がってるに違いない。サヨぼぅのところへ行こう」

 

サヨの名前を聞いて、アヤは、ハッとしたように顔を上げました。

「そうですね。私にはまだサヨがいる。八郎さまは亡くなっても、私とサヨは生きているのですから……。でも、八郎さまをこのままにしておきたくないのです。すみませんが、しばらくサヨを見てやって下さい。サヨには、私から話します」

 

黒角と青角は顔を見合わせました。そして、うなずくと青角が口を開きました。

「分かった。オレはすぐに岩屋に帰り、サヨぼぅと2人でアヤさんを待っとる。けど、安全のために岩屋の前のつり橋を落としてあるから、兄やんがここに残る。何かするンやったら、兄やんが手伝うから、そう言ったら良い。サヨぼぅのことは任しときな」

 

青角は、そう言うと、黒角とアヤを残して岩屋へと帰っていきました。

 

青角が立ち去ると、アヤはノロノロと立ち上がりました。そして黒角の方を向き、こう言ったのです。

「八郎さまのお墓を作りたいのです。3人で、一番幸せな時間を過ごしたこの場所に……。黒角さま、手伝っていただけますか?」

 

黒角は、黙ってうなずきました。そして、焼け跡に残った柱に手をかけるのでした。

 

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黒おに物語 13

 

「八郎どんに急を聞いて追ってきた。サヨぼぅは、無事だ。オレたちの岩屋で、アヤさんを待ってる。けがはナイか?」

 

アヤを縛っていた縄をときながら、黒角は言いました。黒角の言い方で、アヤは何かを察したようでした。しばらく黙ってその場にで目を伏せていましたが、やがて顔を上げ、黒角と青角を見ました。そして静かにこう聞いたのです。

「あの方は…八郎さまは…」

 

青角は、すまなさそうにそれに答えました。

「オレたちが行ったときにはもう…。すまンかった。山を離れてさえいなければ…」

 

黒角も青角も、それ以上のことは言えませんでした。義矩を失ったことが、今、ジンと心に重くのしかかっています。涙こそ、じっとこらえてはいましたが、黒角も青角も悲しくてたまらないのです。けれど、今一番悲しいのは、誰でもない、このアヤなのです。

 

が、アヤも涙を見せませんでした。それどころか、けなげに顔を上げ、黒おにたちにこう言いました。

「どうか悔やまないで。八郎さまの死は、決してあなた方のせいではありません。八郎さまも、お2人に感謝はしていても、決して責めるようなことは思っていないでしょう。私も、八郎さまも、あなた方と共に暮らしたこの山での日々が、今までで一番幸せでした。けれど、それも終わりました。どうせなら八郎さまといっしょに死にたかったけれど、それもできませんでした。八郎さまの死には立ち会えなかったけれど、せめて今からでも、あの人のところへ帰りたい。どうか、八郎さまのところへ連れていって下さい」

「分かった…」

 

黒角は、そっとアヤを抱き上げました。それから雲に乗り、脇屋義矩のなきがらの横たわる、3人の暮らした家の焼け跡へ、アヤを連れて行きました。黒角が地面に飛び下りて、そっとアヤを下ろすと、アヤは傷ついたなきがらへ駆け寄りました。

 

アヤは、その場に座りこむと、冷たくなった義矩の手を握りしめ、初めて涙を流しました。いくつもの思いがアヤの心をよぎるのでしょう。アヤは肩を細かくふるわせて、声もなく涙を流し続けるのでした。

 

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黒おに物語 12

 

黒角と青角は、夜の森を、南へ向かって走り続けました。

 

しばらくすると、遠くの木の間から、たいまつの火がチラチラと動くのが見えました。こんな夜中に、たいまつを持ってまで、おにの出るこの山をうろつくような猟師やきこりは、1人もいません。黒おにたちはうなずき合うと、木々の間を静かにかきわけ、そっとたいまつの方に近づいて行きました。

「まったく、こんな山おくまで落ちのびていようとは思わなかったぜ」

「弓の名手、脇屋八郎義矩も、最後はあっけなかったなあ」

「山おくで暮らすうちに、弓の腕もサムライの気力も失ったノよ。それとも、我ら渡辺党におびえて、弓を出せなかったのかもな」

「イヤイヤ、弓を持った脇屋義矩といえども、われら渡辺党の4人に、いっぺんに四方から切りかかられては、なすすべもあるまい」

 

男たちが45人、切り株に腰かけて、大声で口々に勝手な事を言い合っています。口では強そうな事を言っていますが、声がどこかしらふるえています。おそらく、おにが出ると聞いているこの山を恐れていて、元気を出すためにわざと大声で話しているのでしょう。どうも、強そうにしているのは見かけだけで、みんな気が小さいようです。

「それにしても、御館さまがご執心するだけあって、美人よのう」

 

黒角の隠れたしげみの手前に座っている背の高い男が、右の方を見ながらそう言いました。男の視線の先には両手を後ろで縛られたまま倒れているアヤがいました。アヤは、気を失っているのか、目を閉じたまま身動きもしません。

「何でも、新田だけでなく、さる公家の血も引いているらしい。まさしく鄙にはまれな美女よのぅ。こう、見ているだけで、ゾクッとくるわい」

 

そう言ったのは、隣にいる少し太った男でした。向かいの痩せた男がニヤニヤしながら太った男に続けて言いました。

「それゆえに、御館さまも、執着なされたのよ」

 

男たちは「違いない」と言って、ゆかいそうに笑いました。

「まったく、この女がいなければ、脇屋八郎義矩は、最高の賞金首じゃからのう」

 

背の高い男が、自分の強さを誇るように言いました。すると、それまで黙っていた小がらな男が、厳しい声で割り込みました。

「強がるな。脇屋義矩だったればこそ、女をエサにして身を隠し、四方から飛びかかって突き落とすしかなかったんじゃ。目的を果たせただけでも、運が良いというものじゃ。この辺りは、気の荒い黒おにが出るらしい。こんな気味の悪いところに長いは無用。一息入れた事だし、むだ口をたたいていないで、急いで、山を下りるのじゃ」

 

その声に男たちは立ち上がりました。

 

鎧をつけたサムライは5人。背の高い男と太った男が前を進み、痩せた男と一番体の大きい男が後ろを守って進んでいこうとするようです。まん中は、先ほど厳しい声を発した小がらな男。この男が、両手をしばられているアヤを、肩に乗せました。どうやら、若い4人を、髪に白いもののまじった、この小がらな男がたばねているようでした。

 

そのとき、気を失っているように見えたアヤが、突然、口を開きました。

「ほうび、出世……。そんなもののために、あなたがたは八郎さまを襲い、ひっそりと暮らしていた私たちの生活をふみにじったのですか」

 

背の高い男がニヤニヤしながら、それに答えました。

「そうよ。それこそが力の弱くなった家を起こし、力をたくわえるのに必要なもの。ほうびの土地を手に入れ、出世を追うのが武士のならい。それが悪いか」

「こそこそと隠れて一騎打ちもせず、四方から闇打ち同然に襲いかかって、目的はかよわい女。そんな卑怯なことをしても武士だというのですか。それとも卑怯なことをするのが武士のならいだというのですか」

 

アヤの声は、怒りにふるえていました。

「うるさい! だまっておれ!」

 

前にいた太った男が、アヤのほほを打ちました。けれども、アヤの鋭い目ににらみつけられると、こそこそと視線を外し、落ち着かなさそうに何度も首をふりました。それから、強がるように、わざと大声で「急ごう」と叫びました。

「ウォオオオオオオオオ…」

 

その光景を見て、黒おにたちの怒りは爆発しました。

 

アヤの怒りは、黒角と青角の思いと同じでした。こんな人間たちのために、あの義矩が死ななければならなかったのかと思うと、悲しいやら、悔しいやら、たまらない気持ちになりました。

 

もう、これ以上は静かになどしていられません。黒おにたちは、隠れていたしげみから飛び出し、手近にあった木を引きぬいて、振り回しながら5人の男たちの中へ突っ込んで行きました。

「おにだ! おにが出た!」

 

そう叫んで腰を抜かしたのは、アヤを殴った男でした。

 

周りにいた3人は、あわてて腰の刀に手をかけましたが、さわる前に飛んできた木の一撃でなぎ倒されてしまいました。1人残った小がらな男も、黒おにたちの怒りに燃えた顔を見ると「アワワワ」とわけの分からないことを口にしながら座りこみました。

 

そして男たちは、縛られて横たわったままのアヤに見向きもせず、てんでに刀を放り出し、一目散に逃げて行きました。

 

こうして黒角と青角は、アヤを助け出すことに成功しました。けれども、義矩は二度と戻ってはきません。それを思うと黒おにたちの胸はシクシクと痛むのでした。

 

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黒おに物語 11

 

少しずつ冷たくなっていく義矩の体を抱いた黒角の頬から、1粒、また1粒と涙がこぼれ落ちました。

 

男らしく、勇敢でやさしく、そして誰よりも強かった義矩が、何の欲もなくひっそりと山おくで暮らしていたはずの義矩が、どうして、こんな悲しい死に方をしなければならなかったのでしょうか。

「ウォオオオオオオオオ……」

 

黒角は義矩のなきがらを胸に抱き、悲しみの叫び声をあげました。

「兄やん……」

 

そのとき、不意に青角が黒角の肩をたたきました。岩屋に行っていた青角が、こちらに来たのです。

「岩屋に1人で隠れていたサヨぼぅに話は聞いた。オレたちは、1足遅かったんヤ。けど、この上、アヤさんまで連れ去られてしまってはぜったいにイカン。八郎どんのためにも、サヨぼぅのためにも、何としてもアヤさんだけは取りもどさねばナンねぇ。急ごう!」

 

青角の言葉に、黒角はだまってうなずきました。そして、冷たくなった体を抱き上げ、3人が暮らしていた家の前に運びました。黒角は、そっとその場に脇屋義矩の体を横たえると、大きな手で涙をぬぐいました。それから、おもむろに立ち上がると、押し殺した低い声でこう言ったのです。

「アヤさんをさらったヤツラは、南の方へ向かったらしい。行くぞ!」

 

黒角の言葉に、青角はだまってうなずきました。亡くなった義矩のために、そして岩屋で1人待つサヨのために、何としてもアヤを取り戻さなければなりません。2人は、闇の中を、南に向かって駆け出すのでした。

 

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黒おに物語 10

 

黒角は、やぶをかきわけ、風に乗ってただよってくる血の匂いをたどりながら、闇の中を進んで行きました。すると、前の大杉の下のしげみのおくから、押し殺したようなうなり声が聞こえてくるのが耳に入りました。

 

黒角が注意深く近寄ってみると、そこには、体のあちこちに傷を受けた脇屋義矩が倒れていました。黒角は、あわてて義矩に近づき、傷を負った体を抱き起こしました。

「おい、八郎どん、しっかりするんだ。オレだ! 黒角だ! いったい何があったんだ」

 

黒角が呼びかけると、義矩は、細く目を開けました。

「…黒角どの…か。足…利の下人どもに…襲われて、アヤどのをう…ばわれた。追いかけ…て、助けだそうとし…たのだが、4人がか…りで切りつけら…れて、突き落とされ…てしまった。私はもう…長く…ない。だが、2人を…2人を頼む。やつ…らは、アヤどのを連れ…て、南へ…向かった」

 

脇屋八郎義矩は、そこまで言うと、黒角の腕の中でガクリとくずれました。

「八郎、八郎どん、おい、目を開けてくれ、死んではイカン、しっかりするんだ!」

 

黒角の必死の呼びかけも空しく、義矩はそのまま息を引き取ったのでした。

 

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黒おに物語 9

 

同じころ、青角は岩屋へと帰りつきました。岩屋は、ひっそりと静まりかえっています。青角は、不安と期待をないまぜにしながら、ゆっくりと扉を開けました。

「八郎どーん、アヤさーん、サヨぼぅ、こっちに来てないか? オレだ、青角が帰って来たぞ! 隠れてないか!」

 

静まりかえった岩屋の闇へ呼び掛けました。すると、それが終わるか終わらないかのうちに、闇の中からサヨが泣きながら飛び出して来たのです。

「青角のおじちゃん、助けて! 知らない男の人たちがやってきて、アヤ姉さまを連れて行ってしまったの。八郎兄さまは、ここで黒おにのおじさんたちを待ってるように言って後を追ってった。みんな、鎧や兜をつけて、刀や槍を持ってたわ。八郎兄さまは強いけど、1人じゃどうなるか……。お願い、八郎兄さまとアヤ姉さまを助けて!」

 

サヨは、青角に飛びつきワンワンと泣きながら言いました。どんなに辛かったでしょう。どんなに心細かったでしょう。それでもサヨは暗闇の中でたった1人、青角たちの帰るのを待ち続けたのです。

 

青角はサヨの肩を抱き、涙でいっぱいの目をのぞきこんで言いました。

「分かった。分かった。もう、大丈夫ヤ。暗い中を1人で、ヨウがんばったナ。オレたちが戻ったから、もう心配ナイ。きっと2人は助ける。兄やんは先に向こうに行っとる。だからサヨぼぅは、オレたちが帰ってくるまで、ここで待っとるンや。おくの部屋に、明りをつけとく。何もないけど、ここなら絶対に大丈夫ヤ。オレたちが2人を連れて戻るまで辛抱して隠れてンだぞ!」

 

青角はやさしくそう言いきかせて、サヨをおくの小部屋に連れて行きました。そして明りをつけると窓をシッカリと閉めました。これで、外からは何も見えません。

「イイか、オレはこれから兄やんといっしょに2人を助けに行く。どんなに遅くなっても明日には帰ってくる。だから、スマンが、もうチョット1人でいてくれるか?」

 

その言葉に、サヨはコクンとうなずきました。青角は、こうしてサヨを岩屋のおくに隠し、しっかりと岩屋を閉めると、前にかかっていたつり橋を落としました。そして、再び雲に乗り、アヤと脇屋義矩を助け出すために、闇の中へ飛び出して行くのでした。

 

 

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黒おに物語 8

 

脇屋義矩の家の上についた黒角は驚きました。

 

小さいけれど温かだった家は、柱がたおれ、壁がくずれ、見るもむざんに焼け落ちていました。ここで何か大変なことがあったのは間違いありません。

 

黒角は、雲から飛び下り、焼け落ちた家の前に立ちました。まだ煙をだしてくすぶっている家の跡に人がいるようすはありません。

「八郎どーん、アヤさーん、いないか? サヨぼぅ…」

 

辺りに呼びかけて見ました。

 

返事はありません。

 

黒角は、意を決してくすぶっている家の中に入っていきました。焼け残った柱をおしのけ、壁をくずして見ましたが、3人の姿はありません。

「八郎どーん、アヤさーん、いないか? サヨぼぅ…」

 

もう一度、闇に向かって呼びかけてみました。

 

けれども、風の音がするだけで答えはありません。黒角は、家の裏のやぶをかきわけて、注意深く森の中に足を踏み入れて行くのでした。

 

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黒おに物語 7

 

黒雲を風よりも急がせて、黒角と青角は、黒おに兄弟とサヨたちの暮らす山に戻りました。ほんのひと飛びの時間を1年のように長く感じながら、やっとの思いで上空にたどりつくと、何かしら山の空気が違うのに気がつきました。

 

フクロウの鳴き声やキツネの悲鳴、虫の声といった、けっこうおだやかな騒がしさでいっぱいのはずの夜の山が、今夜に限って、みょうに静かなのです。そればかりか、何かが燃えたような匂いと血の匂いが風に乗って流れてきます。黒おにたちが留守をしている間に何かが起こったのは、もう間違いありません。

「やはり、ヘンや。きっと何かあったに違いない。オレは今から、八郎どんの家のようすを見に行く。青角、おまえは、まず岩屋に帰れ。何かあったとしたら八郎どんの家よりもオレたちの岩屋の方が安全な事は3人とも知っとるハズや。そっちで無事ならそれで良いが、そうでないとしたら大変や。けど、八郎どんがおる。何があったとしても、きっとオレたちに分かるようにするハズや。まず、二手に別れて、後でまた合流するんや」

 

先に岩屋に帰るように言われ、ムッとしたように黒角の顔を見た青角でしたが、話を最後まで聞くと、黙ってうなずきました。そして、確かめるように黒角に言いました。

3人が岩屋にいたら、つり橋を落として岩屋で待っとる。3人そろってなかったら、つり橋を落として安全を確かめ、話を聞いてそっちに合流する。誰もいなかったら、すぐにそちらへ向かう。それでエエんやナ、兄やん」

「ああ、それでエエ。まずは3人の無事を確かめるンや。向こうに3人ともいたら、ジイサマに聞いたサムライの話をして、とにかく3人を連れて岩屋に帰る。それ以外の時は、おまえが来るまで八郎どんの家で待っとる。分かったナ」

「一刻を争うかも知れん。急ごう」

 

黒おにたちは雲を2つに分けました。そして、それぞれの分担した方向へ雲を向け、風のように飛んで行きました。

 

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黒おに物語 6

 

黄おにのジイサマは、黒おにたちが思っていたよりも元気でした。

 

つい、うっかり岩から足をふみはずし、谷に落ちてしまったというジイサマは、「ようやく動けるようになったんじゃが…」と言って、痛そうに腰をさすりながらも、洞窟の中を動き回っていました。

 

それでも、何十年と厳しい北の山おくで暮らしてきた日々は、確かな老いをジイサマに刻んでいました。

 

2人が小さいころ、身体の何倍もあるような岩を軽々と持ち上げたり、2人の両腕でかこんでもかこみきれないほど太い大きな木を左手だけで川に投げ込んだような力は今はないようで、筋肉の張りやつやもなくなり、あちこちには深い皺が目立つのでした。

 

何よりも、力が強い上にいつまでも身軽に動き回っていたジイサマが、足をすべらせたこと、そして、けががなおるのが遅いことが、黒おにたちに黄おにのジイサマの年を感じさせるのでした。

 

黒角と青角は手分けをして、ジイサマの洞窟に、冬の間の食べ物と、火を炊くためのまきと炭を運びこみました。それから、持ってきた布やら毛皮やらを棚の取りやすいところに入れ、アヤが作った漬物を入れた樽や干し柿を台所のすみに置きました。

 

人間なら1人でやれば何日もかかるほど仕事は残っていましたが、若くて力の強い2人でしたから、仕事は手際よく進みました。そして2日目の夕方には、黄おにのジイサマの冬の支度は、だいたい終わっていました。

「いやいや、すまんかったワイ。すっかり世話をかけてしもぅたノゥ。すぐになおると思うとったのに、3日たっても痛みがおさまらん。昨日あたりから何とか動けるようになったんじゃが、45日前は本当にヒドくってノゥ。ワリぃと思たんじゃが、手伝いを頼んでしもうた。じゃが、2人して来てくれるとは思わんかった。ありがとうヨ。天気のかげんか米のかげんか知らんが、今年は、今までにないうまい酒ができたんじゃ。今晩は、ゆっくりヤってくれ」

 

ジイサマは、うれしそうに2人に言いました。

 

黒おにたちは、照れくさそうにポリポリと頭をかきました。小さいころから何かにつけてかわいがってくれた黄おにのジイサマの役に立てたのは、2人にとって何よりの喜びでした。恩返しとか、そういうのではなく、困った時にこうして頼ってもらえたという事で、ようやく1人前として認めてもらったというような、そんな誇らしい気分でした。

「そう言えば、人間の子と仲良くなったそうじゃノゥ」

 

夕食の後、2人に新しい酒を勧めながら言いました。

「いや、サヨぼぅだけじゃネェ。八郎どんやアヤさんとも友だちになった。ンー、何て言うか、本当に良い人たちじゃ。人を見る目があるぞ」

 

青角の言葉を黒角がまぜっ返しました。

「オレたちは、誇り高きおにだ。それを言うなら、『おにを見る目がある』じゃろ」

 

ジイサマは、それを聞いてフォッ、フォッ、フォッとゆかいそうに笑いました。

「なるほど、2人してそう言うところを見ると、本当に良い人間たちらしいノゥ。おまえらは、2人そろって短気でそそっかしいが、人を見る目はある。近ごろは、了見のせまいセセコマシイ人間や乱暴なだけのおにがやたらに多くなったが、中にはシッカリした奴らもおる。そんな人やおにと仲良くなれる縁があったというのは幸せなことじゃノゥ」

 

黄おにのジイサマはひとしきり笑った後で、しみじみと言いました。安易に人間に近づくのを嫌うジイサマの言葉の中に感じられるおく深い思いが、2人の心にしみました。

「なあ、ジイサマ。今年は、漬物と干し柿も持ってきた。アヤさんが、ワシらが喜んだのを見て、『ジイサマにもどうぞ』って、もたしてくれたンじゃ。アヤさんといっしょで、何かこう、ワシらが食うのがもったいないくらいウマイぞ」

 

黒角が、そう言うと、ジイサマは、ガッハッハッと大声で笑いました。

「そうか、やはりあの漬物がそうか。変わったものがあったので、おまえらが外に出とる間に、こっそり食べてみた。ウマかったぞ。あのまろやかな味は、絶対におまえらが作ったンではないと思うとった。…そうか、ワシにまであったかい心づかいをしてくれる人間たちなんじゃな。だったら、いっそう気をつけてやれよ」

 

不意に酒を置いて、ジイサマがそう言ったので、2人はキョトンとしてジイサマを見ました。黄おにのジイサマは「わからんかったか?」という目で2人を見た後、易しく噛みくだくようにこう言いました。

「ワシが、『気をつけてやれ』と言うのは、こういうことじゃ。良いか。どんなに仲良くなっても、その3人は人間じゃ。人間には人間の暮らしやつきあいがある。じゃが、おまえたちは、おにじゃ。誤解ではあっても、他の人間たちから気の荒い乱暴者だと思われとる。3人が、そんなおまえたちと仲良くしていると知れたら、他の人間とのつきあいが気まずくなったりせんとも限らん。そこンとこを言うんじゃ。さっきも言うたが、真実を見ようとセン、セセコマシイ人間は、この頃やたらと多いからノゥ」

 

黒角も青角も、「なるほど」とうなずきました。山おく深くでもあり、他の人間とめったに出会うようなこともなかったので、深く考えはしませんでしたが、ジイサマの言う通り、本当に3人のことを思うなら、気をつけなければならないことかも知れません。

「さすがはジイサマ。体は動かンくても、頭はタッシャじゃノゥ。まだまだ、長生きしてもらえそうじゃ」

 

青角が感心して言うと、ジイサマはまたフォッ、フォッ、フォッとゆかいそうに笑いました。それからおにたちは、大声で笑い合いながら、黄おにのジイサマの作った酒を飲み、夜遅くまで昔話や思い出話に花を咲かせました。

「ところで、近ごろ、鎧兜を身につけた、見慣れぬサムライどもが、この辺りの山を、うろついとるらしい。おに退治だとか、そんなことではなさそうじゃが、不意に顔を合わせたりして間違いがあってはツマラン。2人とも、気をつけンじゃぞ」

 

何の気なしに黄おにのジイサマが、そんなことを言ったのは、3人でじいさんが作った酒のたるを1つ空けたころでした。

 

それを聞いたとたん、黒角と青角は顔を見合わせました。何かイヤな予感がします。

 

2人の頭に脇屋義矩の話がよみがえりました。義矩やアヤやサヨは、誰かにつけ狙われているような事を言っていたことがあったのです。詳しい話は分かりませんでしたが、見慣れぬサムライどもが入って来ているとしたら、黒おにたちよりも、サヨたち3人の方が危ないのではないでしょうか。

「ジイサマ、急な用を思い出した。ワリいが、オレら、これから帰るワイ」

 

黒角は、そう言って立ち上がりました。

 

青角もうなずき、黒角に続いて立ち上がりました。

 

こんな夜更けに帰るというのもおかしな話なのですが、3人に何かあってはと思うと、いてもたってもいられません。黒おにたちは、黄おにのジイサマへの挨拶もそこそこに、ジイサマの滝壺の洞窟から外へ飛び出しました。そして、いそいで雲に乗り、2つの山と3つの谷を越えて、サヨと黒おにたちの山へと飛んで行くのでした。

 

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