カテゴリー「澪ヶ浦伝説」の18件の記事

澪ヶ浦伝説⑱

 ⑱

 

「…甚太夫は、ただ呆然とその光景を見詰めていたわ。そして、その時から水魚波浦は澪ヶ浦と呼ばれるようになったの…」

 

長い長い物語が、今、終わった。そう、確かにここは澪ヶ浦だ。遠い昔の記憶が、俺にそれを告げていた。そして…。

 

「…思い出してくれた?」

 

そこには澪がいた。長い長い時を越えて再び巡り会えた澪がいた。

 

                                    〔完〕

 

 

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澪ヶ浦伝説⑰

 ⑰

 

その頃澪は、たった1人で水魚波浦への道を急いでいた。雅秀が出発する少し前、甚大がそっと人気のない神社の裏に向かうのを見た澪は、雅秀が身を隠すための準備だと思い、それを手伝おうと後をつけた。ところが、甚大を待っていたのは、1人の見慣れぬ武士だった。そこで澪は恐ろしい企てを知ってしまったのである。

 

兄とも慕い、心から信じていた甚大の裏切りは、澪の心に大きな衝撃を与えた。けれども、今はそんなことよりも、愛する雅秀にこの恐ろしい企みを知らせなければならなかった。そう思って急いで雅秀の元へ向かったが、その時には雅秀はすでに出発した後だった。

 

澪は、雅秀を追って水魚波浦への道を急いだ。けれども、澪が先を急ぐ雅秀の姿を見付けたのは、水魚波浦のすぐ側の干潟の手前だった。

 

「八郎様、大切な伝言を忘れていました。お待ちください」

 

澪は大声で叫んだ。高井一族が潜む海女小屋はすぐ側にある。何とかして雅秀をそこから引き離し、危険を知らせねばならなかった。

 

そんな澪の様子にただならぬものを感じた雅秀は、足を止め、澪の方へ歩き出した。

 

小屋の扉が勢い良く開いたのはその時だった。

 

「逃げて下さい。小屋には高井一族が…。甚大兄さんが裏切っ…」

 

澪の絶叫はそこでとぎれた。1本の矢が深々と澪の胸に尽き刺さったのである。駆け寄ろうとする雅秀の目の前で澪は崩れ折れるように倒れた。その澪の手を雅秀が握った瞬間、2人の背後から何本もの矢が降り注いだ。そして、刀を抜いた侍が海女小屋の背後から一斉に走り出してきた。

 

甚大が甚太夫と共に水魚波浦についたのはその時だった。何本もの矢を受け血だらけになった雅秀は目の前に現れた甚大に叫んだ。

 

「おのれ…甚大…この恨み…」

 

呪いの言葉が発せられようとしたその時、虫の息の澪の言葉が、雅秀に届いた。

 

「お願い…です。甚大兄さんを…恨まないで…。恨みや憎しみは…人の魂を、長くこの世に…止めます。…私は後…の世で…1日も早く…八郎様と巡り…あいたい…そして、今度こそ…幸せな…日々を…あなたと…」

 

その言葉がとぎれる寸前、雅秀の背中を刀が切り裂いた。水魚波浦についた甚大と甚太夫の目の前で、立花八郎雅秀は澪の亡骸に重なるように倒れた。そして、苦しみと後悔の絶叫を上げる甚大を尻目に、高井一族の郎党たちは雅秀の首を切り落とし、勝利のときの声を上げていた。

 

 

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澪ヶ浦伝説⑯

 ⑯

 

日が落ちるのを待って、雅秀は1人、水魚波浦に向かった。甚大は、雅秀の出発を見届けてから、そっと甚太夫を呼んだ。そして、すべてを甚太夫に打ち明けたのである。

 

「実は、高井一族は、この地に八郎様がいることを掴んで追っ手を差し向けたのです。このうえ八郎様を匿おうとすれば、勢力の弱まった公家方に見方するものと見なされ高井一族に攻撃をされ、多くの犠牲を出すことになりかねません。だから、村のため、涙を飲んで八郎様を売りました。高井一族は、水魚波浦で待ち伏せているのです」

 

「甚大、お前は…」

 

甚太夫はそう言って言葉を失った。甚大の話が本当であれば、そして、話がそこまで進んでしまっているのではどうしようもない。そしてこうなった以上、それは村を救うための唯一の手段だったのかも知れない。けれども、甚太夫は、甚大ほどに簡単に割り切ることは出来なかった。澪が心から愛した雅秀、そして甚太夫自身も、ぜひ澪の婿にと望んだその人柄。その雅秀を村のために犠牲にしてしまったのかと思うと、甚太夫の胸は痛んだ。けれども、今更、どうする事も出来なかった。甚太夫は哀しそうに天を仰ぎ、やがて苦汁に満ちた、絞り出すような声で言った。

 

「澪には、儂から話そう…」

 

ところが、その澪の姿がどこにも見付からなかった。

 

澪が屋敷にいない、それが分かった時、甚太夫と甚大の胸に冷たいものが走った。澪が雅秀を追って水魚波浦に向かったとすれば、雅秀と一緒に高井一族に殺されるかも知れない。そう思い至ったのである。

 

甚太夫も、雅秀だけなら、村のためとどうにか諦めることも出来た。しかし、澪を殺してまで村を守りたいとは思えなかった。甚大の思いはもっと深刻であった。すべては、澪を手にいれるために、いわばそのためだけにした企てだった。例え、雅秀を亡き者にすることが出来たとしても澪を失っては何の意味も無かった。甚大は、狂ったように駆け出し、水魚波浦に向かった。

 

 

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澪ヶ浦伝説⑮

 ⑮

 

そして運命の日の前日。

 

その日、水上10ヶ村は八雲神社の夏祭りのため、大変な賑わいを見せていた。その人込みを利用して、2人の男が甚大に近付いた。男達は高井師親の郎党で、立花八郎雅秀を亡き者にすべく準備を整えて水魚上の村に現れたのである。師親の追っ手は総勢二十人。彼等は水魚波浦の海女小屋付近に身を隠し、甚大が雅秀を翌日の夜までにそこへ寄越すようにする事で話をつけた。

 

翌日の朝、甚大は雅秀を呼び止め、こう耳打ちした。

 

「八郎様、大変な話を聞きました。昨日、隣村に高井一族の郎党がやってきたそうです。その話では、どうも立花氏の残党を探しているらしいのです。ここは暫く、安全のために身を隠した方がよろしいのではないでしょうか」

 

甚太夫が息子とも頼む甚大のこの言葉に、雅秀は驚きを隠せなかった。相手が高井一族と聞いては雅秀の心も穏やかではなかったが、捨てた筈の武士としての体面よりも、自分を救い、そして心から信頼してくれる甚太夫と、愛する澪のためにも、慎重に行動し、1番良い方法を取らねばならないと思った。

 

「分かりました。しかしそれは1つ間違えれば村や甚太夫殿にも迷惑が掛かる。拙者の一存で決めるべきことではありません。すぐに甚太夫殿に相談しましょう」

 

雅秀の言葉は、当然と言えば当然だったので、甚大もそれに反対は出来なかった。結局、甚大と雅秀は、甚太夫と澪の2人にそのことを相談した。

 

その場で甚大は、雅秀と甚太夫を説得し、自分が手筈を整えるから、今晩にでも水魚波浦に身を隠し、危険が無くなるまで沖の坂島に逃れることを提案した。確かに、水魚波浦から沖の坂島に渡るのであれば、土地の者以外は分かりにくいし、どちらにも、舟を回したり、嵐を避けたりするための小屋があって、身を隠すのにはもってこいであった。そのため、甚太夫もそれに賛成し、雅秀もそれに従うことにした。

 

 

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澪ヶ浦伝説⑭

 ⑭

 

それから甚大は、何かと理由をつけて村を離れ、都や他の村へ出掛けるようになった。けれども、甚太夫の甥で澪が兄とも慕う男がそんな恐ろしい企みを胸に秘めているとは誰も思っていなかった。甚大の企みは密かに、しかし着実に進められた。そして、とうとう、立花八郎雅秀が水上に潜んでいるらしいという噂が立花氏の仇敵であった高井一族へと届いたのである。

 

高井一族の嫡男、師親は、立花氏と激しい戦いを繰り返し、特に立花八郎雅秀に何度となく煮え湯を飲まされていたために、雅秀を激しく憎んでいた。そんな師親であったから、立花八郎雅秀生存の真偽を確かめるべく、密かに配下のものを水上へと送った。

 

甚大は、密かに彼等と連絡を取り、全てを明かした。そして立花八郎雅秀をおびき出して高井一族に引き渡すことを約束し、その代償として多額のお金と水上10ヶ村の代官の地位、そして、向こう10年間の減税を認めさせた。

 

折しも、半月前の畿内での戦いで公家方は大敗を喫し、その勢力は弱まっていた。甚大は思った。全てはうまくいくと。立花八郎雅秀は殺され、自分は澪と水上10ヶ村の代官の地位を手に入れ、幸せになれると。

  

 

 

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澪ヶ浦伝説⑬

 ⑬

 

ところが、それを快く思わない男がいた。甚大だった。

 

甚大は、小さい頃に両親を失って叔父の甚太夫に引き取られ、家族同然に育てられた。澪は甚大を兄のように慕っていたが、甚大の心には、それ以上の想いが育っていた。甚大は、それをそっと心の奥に隠し続けていたが、雅秀が現われ、澪と恋に落ちたとき、それが激しい憎悪と嫉妬へと変わっていった。

 

けれども、甚大はそれを表に出すことが出来なかった。立花八郎雅秀は、澪のことが無ければ、信頼と友情を感じるに違いない立派な男だったし、育ての親の甚太夫も雅秀を高く評価し、澪の婿へと望んでいた。それに、甚太夫と澪の甚大への信頼を思うと、たかが嫉妬くらいでそれを裏切る事は出来ないと思った。

 

しかし、そのようにして抑圧された闇の感情は、甚大の心の中で密かに、だが、大きく膨らんでいった。そしてそれは甚大の心を歪め、ついには甚大に恐ろしい企てを生み出させてしまったのである。

 

甚大は考えた。今、国中は、2つに分裂して相争っている。そして立花八郎雅秀は、その一方の公家方に属する武将であった。その雅秀を婿に迎えるとすれば、武家方に村を攻める口実を与えることになる。現在では、武家方の方が有利に戦いを進めていると聞いている。とすれば、公家方と見られるのは甚太夫にとっても村にとっても大変不利になる。いっそ、武家方と連絡を取り、その危険人物である立花八郎雅秀を引き渡してしまえば、一時は辛くとも、甚太夫家にも澪にも、そして村にとっても良い結果になるのではないか。

 

それは、憎悪によって歪められた考えであった。しかし甚大はそれを実行に移したのである。

 

 

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澪ヶ浦伝説⑫

 ⑫

 

暫くして、身体の傷も癒えると、雅秀は村人たちと共に舟に乗り、漁に出るようになった。雅秀にとってそれは、ある意味では武士として戦場で戦う以上に大変な事だった。魚の群れを見失ったり、舵を取り違えたり、といった失敗も何度と無く繰り返し、雨に打たれてずぶ濡れになったり、波に揉まれて舟から落ちてしまったりして、自然の脅威を肌で感じることも度々あった。けれども、その生活には、大義の名の下に欲望に踊らされ、血で血を洗うような争いを繰り返す武士の生活にはない豊かさがあった。雅秀はそれに心から感謝し、そして1日も早く村の生活に溶け込もうと努力を重ねた。

 

最初のうちは「お侍の気紛れがどこまで続くか。どうせすぐに投げ出すに決まっている」というような目で見ていた村の男たちも、次第に雅秀を見直し、仲間と認めるようになり、1ヶ月もしない内に雅秀は村の1員として認められ、将来甚太夫の娘の澪の婿となって甚太夫の後を継ぐものと見なされ、人々の尊敬を集めるようになった。

 

時には、慣れない村の生活に戸惑い迷い、あるいは死んだ兄弟や一族の者のことを思って苦しみ悩むこともあったが、甚太夫と澪に支えられ、村人たちに力付けられて、立花八郎雅秀は、漁師八郎として生き始めた。

 

1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月。月日が過ぎ、季節が変わる頃には、八郎はすっかり漁師としての生活に馴染み、村の中に溶け込んでいた。けれども、その頃から、八郎の心に迷いが生じた。深夜、突然、戦の夢を見て目が覚めたり、死んでいった兄弟や仲間たちと共に故郷の川堤を駆ける夢を見たり…。それはまさしく、捨てた筈の過去からの呼び声だった。

 

そんな時、八郎を支えたのは澪だった。澪にも八郎が過去からの呼び声に迷い苦しんでいるのは分かった。けれども澪はどうしても「行かないで」という言葉は言えなかった。もう八郎と離れ離れになれば死んでしまうくらいに彼を愛していたけれど、その言葉だけは口に出来なかった。そんなとき澪は、ただ黙って八郎を見詰め、彼に体を預けた。

 

八郎も、そんな澪の気持ちが痛いほどよく分かったから、心の中で嵐が吹き荒れる時には力一杯澪を抱き締め、それに耐えた。こうして、八郎は、必死に過去を捨て、村の中で生きていこうとしていたのである。

 

 

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澪ヶ浦伝説⑪

 ⑪

 

「甚太夫殿を呼んで下され」

 

何かを決意したようなその態度に、澪は、別れの時が来たことを感じた。立花八郎雅秀は必ず戦の場へと戻っていく、だから、その時には涙を見せずに送り出さなければ、といつも心に言い聞かせていた澪であったが、その言葉を聞いて動揺を隠す事ができなかった。それでもまさか雅秀の申出を断ることも出来ず、澪は、涙を堪え、何かを振り切るようにして甚太夫を呼びに行った。

 

澪の様子を一目見て、甚太夫は全てを察した。雅秀の回復の状況からすれば、もっと早く決断が出来ても良かった筈だった。けれども、それが遅れたのは、雅秀自身の中にも澪の想いを察しての気配りが働いていたからではないかと甚太夫は思った。けれども、雅秀は、再び戦に戻る決心をしたのだ、澪の気持ちを思うと甚太夫はそれが悲しかった。

 

甚太夫が部屋に入っていくと、立花八郎雅秀は、居住まいを正した。

 

「甚太夫殿、私はずっと悩み考え続けてきた。あなたと澪殿に命を助けていただいて、九死に一生を得たが、御仏のお導きにも似たこの一生を生かすにはどうすべきかということを。私は武士だ。そのことだけを考えれば、傷の癒えたこの上は、再び戦いの場に赴くことが武士として生きる道であることは自明の理だと分かり切っている。そして、私は戦いの末に命を落とすことを別に恐れているわけではない。けれども、倒幕の戦い、そして先の戦いと数多くの戦を重ね、多くの人を殺し、多くの一族や友を失った末に得たこの生を本当に生かす道が再び戦いに赴くことなのかと考えたとき、それが御仏の心に適う最良の道だとは思えなくなった。人と人が殺し合うことの空しさ、哀しさを思った時、私は武士であることを捨てても、そこに戻るべきではないのではないかと考えた。私は、武士である前に、まず当たり前の人として生きてみたいと思った。残りの一生を、武士の名を捨てて、只の男として過ごし、老い果てたいと思った。どうだろう、貧しくても争いのないこの地で、あなたや澪殿のいるこの水魚上の地で、これからの一生を暮らさせて貰えぬであろうか」

 

立花八郎雅秀の言葉に、甚太夫は彼の手を取り、涙を流した。それは、思ってもみなかった、いや、心の奥ではそう言って欲しいと願いながらも決してそう言うことは無いだろうと思っていた言葉だった。心の奥底で甚太夫はこう願っていた。八郎雅秀が武士を捨て、澪の婿になってくれないだろうかと。雅秀の人柄と器量なら、澪を幸せにし、甚太夫の家をさらに発展させてくれるだろうことは疑いない。けれども、それゆえに、雅秀ほどの男が、そう簡単に武士を捨てるとも思えなかった。だからこそ、甚太夫はその願いを心の奥底にしまい込んでいたのである。

 

「そう言っていただけるとは思っていませんでした。先の戦で大恩のある立花様ですが、実は儂はあなた様を前浜で見付けました折、迷ったのです。あなた様をお助けして戦に巻き込まれることを恐れたからです。いくら乱世とはいえ、人として恥ずかしい事です。けれど、あなた様は、あの時と変わらぬままの、儂ら村人の心を分かってくれる御方のままでした。儂は、改めてあなた様が好きになりました。そして、儂以上にあなた様を好きになってしもうたのが澪でした。けれど、あなた様はまた戦へと出ていかれる御方とを儂らは思うておりました。確かに村の暮らしの中では人を殺すことも人に殺されることもありません。それでも、雨に泣き、風に怯え、漁が無ければ生活に困り、畑がやられれば食うにも事欠くような貧しい暮らしが続いております。儂も澪も、そんな暮らしの中に止まって下さいとはよう言い出せはしませなんだ。それを、あなた様の方からおっしゃっていただけるとは、こんなに嬉しいことはございません。海のことも、漁のことも、暮らしのことも、すべて儂らがお教えいたします。住む家も狭くて汚いので恐縮ですが、そのまま離れを使うて下さいませ。どうぞ、末永くこの村に止まり、寿命の尽きるまでここでお過ごし下さい。娘も…澪もどんなにか喜ぶことと思います」

 

雅秀も、甚太夫の手をしっかりと握り返した。甚太夫は思った。これで、雅秀が澪の婿となり、家を継いでくれれば、澪も幸せになれる。そして、村も、甚太夫の家も、前にも増して栄えるに違いないと。こうして、立花八郎雅秀は、水魚上村で暮らすことになったのである。

 

 

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澪ヶ浦伝説⑩

 ⑩

 

「美沙緒が澪で、俺が立花八郎雅秀か。面白い。とすると『悲しい伝説』のその続きは、やがて傷の癒えた雅秀は再び帰ると澪と約束をして戦場へ戻り、行方が分からなくなり、彼を待ち疲れた澪は、世をはかなんで病死、そこへ、武士を捨てて出家した雅秀が……。いいや、違うなあ。俺が雅秀だったら、そんなことはしない。多分…」

 

「多分……何?」

 

「殺し合うことの空しさと生きることの大切さを実感した雅秀なら、澪の想いを多分感じているであろう雅秀なら、甚太夫の思いを知っている雅秀なら、多分迷いはするだろうけど、結局は、武士を捨てるだろう。それも、僧になるという捨て方ではなく、澪と2人で生きようとする道を選ぶんじゃないだろうか」

 

俺の言葉に、美沙緒の瞳が嬉しそうに揺れた。

 

心地好い潮風が俺たちの間を吹き抜けていく。穏やかな海の風景に抱かれながら、美沙緒と俺は黙ってお互いの瞳を見詰めていた。

 

俺は確信していた。理由などないのだが、多分、立花八郎雅秀は俺の言ったように行動したのだと。実証も裏付けもないこの強い確信には俺自身も内心驚いていたが、それが正しかった事は、すぐに分かった。

 

「当たってるよ、それ…」

 

美沙緒は、ポツリとそう呟いた。それはまるで小さい子どもが何の意味もなく近くのものを投げ付けて遊んでいるような言い方だった。邪心もドロドロとした欲望もなく、ポンと放り投げられた真実の言葉。けれども俺は、逆にその言葉の重さに戸惑うのだった。

 

美沙緒は、そんな俺に悪戯っぽい微笑みを向けて俺に尋ねた。

 

「それじゃあ、もしかしてその後起こる悲劇の内容も想像出来るとか?」

 

「ああ、多分…」

 

俺が、そう言い掛けると美沙緒はすぐに俺の唇に指を当てて言葉を制した。

 

「ううん、言わないで。…続き、もちろん聞いてくれるわよね。その時の表情で分かるわ。秀一の想像が当たっていたかどうか…ね」

 

美沙緒はそう言ってから俺の唇に当てた指を引っ込めた。

 

それに答えるまでも無かった。既にこの伝説に対する興味は、俺の心の中で空へ浮かび上がる寸前の熱気球のように大きく膨らんでいた。俺が頷くと、美沙緒は、嬉しそうに続きを語り始めた。

 

「傷も癒え、どうにか体も動かせるまでに回復したある晩、立花八郎雅秀は、真剣な表情で澪を見詰めて言ったの…」

 

 

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澪ヶ浦伝説⑨

 ⑨

 

俺は、心地好い潮風に吹かれながら、黙って美沙緒の話を聞いていた。いつも聞いている「伝説」や「古代ロマン」といった他愛ないお伽話の筈なのに、何故か、今日の美沙緒の話は、胸に迫るものがあった。

 

例えば、立花八郎雅秀。初めて聞いた名前なのに、妙に心を掻き乱す。

 

いや、そればかりではない。何百年も前の、何の血縁関係もない男なのに、彼の心が、彼の迷いが、良く分かるのだ。そして、その情景が、まるでテレビか映画でも見ているように、鮮やかに浮かび上がってくるのである。

 

「何か知らないけど、胸が痛むなあ。よく分かるよ、その立花とかいう男の気持ち。まるで映画でも見ているみたいに胸に迫ってくる。それに…」

 

「それに、何?」

 

「今日の美沙緒の話、とても詳しいじゃないか。いやね、いつもだって、かなりたくさんフィクションが入るけど、美沙緒のフィクションの場合、もう1つ流れというか筋に乗り切れない部分だなあ、そんな無理があったんだ。ところが、今日のは違う。新刊小説を丸暗記して俺を騙そうとするような美沙緒じゃないし、第一、そんなバカバカしいことは考えようともしないだろう。それなのに、まるで見てきたみたいに詳しいからさ」

 

「ふぅん、そんな風に感じるんだ。だけど、どうしてかしら。私もね、普段は秀一が上手に聞いてくれるから…ホントよ、私、秀一に聞いて貰うのが1番好きなんだ。とっても話しやすいし…ついつい口が滑ってしまうんだけど、この伝説だけはちょっと違うの。この話を初めて聞いた時、何故かしら、すっごく心を惹かれたの。それで、地域のことを研究している人を色々尋ねたり、この伝説について触れている本を片っ端から読んでみたりして、今までで1番詳しく調べたの。だからって訳じゃないと思うんだけど…」

 

「何だよ、それ。ちょっとばかり、思わせぶりな台詞じゃないか」

 

「笑わないでね。あのね、あんまり鮮やかにイメージが浮かぶから、ついその気になってしまって…」

 

「その気にって?」

「だから、その……。まるで澪になったみたいに…」

 

そう言って美沙緒は恥ずかしそうに俯いた。

 

 

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